運命考察 はじめに



 「運命」というのは、深淵を語る上で最も重要なルール的要素の一つです。キャラクターの個性を決定し、ストーリーラインの基礎となるという点で、夢歩きと双璧をなすものだと言えるでしょう。
 しかし、夢歩きと同じく深淵のマスターをする上で運命のルールに振りまわされている人は、かなり多いのではないでしょうか?好みの問題と言われればそれまでなのでしょうけど、やはり扱いに困る運命と言うのは厳然と存在すると思われます。そういう運命について考えてみよう、というのがこの運命考察というシリーズの第1の狙いです。

 第2の狙いは、運命をもっとロールプレイに役立たせる事が出来ないかということです。例えば風の中に声が聞こえるという遠い声という運命があります。確かに普通行われているように、ただ単に中空から奇妙な声が聞こえるというだけのロールプレイを行ってもかまわないでしょう。しかしながら遠い声とはどのような状態なのだろうかという疑問からこの運命をもっとロールプレイに活用することも出来るでしょう。遠い声とはもしその状況に置かれた人が現実にいたとしたらそれは幻聴と説明されます。幻聴という現象を例えば分析心理学の立場から説明すると、それは無意識下に押さえ込まれた何かが、意識に漏れ出している状態であると説明されるでしょう。ならば遠い声という運命を持った人を、何かを心におし殺して生きている抑鬱的な人物と表現する事も出来ます(注1)。あるいは「遠い声」を薬物中毒からくるものと考え、それをもとにロールプレイを行う事もできるでしょう。
 運命というものは実はそれ単体では大してヴァリエーションが豊富なわけではありません、出た運命をどのように解釈し表現するか?というプレイヤーの意識的な働きかけによって、初めて本来の価値を持つものだといえます。つまりこのシリーズの第2の狙いは、個々の運命の解釈の可能性について迫ってみようという事です。

 このシリーズの狙いは上記の2点です。では最後に運命を解釈するに当たって私が注意している点についてまとめ、この小論を終わりたいと思います。

 運命を解釈するに際し重要なのは、その運命の時制に注目する事であろうと思います。すなわち、過去に起こった何かであるのか、はたまた未来におきる何かの予兆であるのか、それとも現在おきている状況の説明であるのか、といった運命が実際に効力を発揮したのはいつなのかということに注目するということです。
 「戦争の傷跡」「不義の子」「罪悪感」等はすでに改変しようがない過去の事件についての運命であり、この種の運命の場合はいかにその過去の呪縛から開放されるか?が焦点となります。そういった意味では「片手」もこの部類になるでしょうか?これらの運命は解決される事よりも、受け入れるという形でストーリーになる事が多いでしょう。最近PTSDに関する書籍が多数出版されていますので、それに目を通す事がロールプレイを深める上で役に立つのではないでしょうか(注2)。
 「無垢」「際立った性格」「獣の子ら」といった運命はPCの現状を説明している運命です。単体でストーリーの中核になる事は少なく、他の運命と絡ませることによってその魅力が発揮できる運命であると言えるでしょう。それに対し「病魔」「記憶不全」「教団からの脱出」「借金」「奪われた肉体」等は現在PCが抱えている困難を表す運命です。最も緊急性が高い運命であり、これらを持ったPCはまっさきににこの運命にとりくまざるを得ないでしょう、ストーリーの中核になりやすい運命です。
 「死の約定」「予言系各種」等は、未来を暗示させるという意味あいの運命です。先のものほどは緊急性が高くなく(今は何もおきていないのですから)、ストーリーの中核にもなれますし、雰囲気を出すためだけに用いられストーリーにはまったく絡んでこないこともあります。どのように解釈することもできるため、プレイヤー、マスター双方の運命に対する見立てが重要になるでしょう。

 さて、運命全般に関する考察はこれぐらいにし、次項からは個々の運命について突っ込んで考えていきましょう。

(注1)有名なムンクの「叫び」という絵画は、「遠い声」とは何かを雄弁に語ってくれます(よく誤解されているのですが、あれは男が叫んでいるのでなく、叫びを聞いてしまった男の絵です)。参考文献:武野俊弥 「分裂病の神話」(新曜社)
(注2)PTSDの専門書という訳ではありませんが、個人的には村上春樹「アンダーグラウンド」(講談社)をお薦めします。