深淵が良くわかる本　中巻　－応用編－

はじめに

　どうもご無沙汰しております。小財です。やっとここに「深淵が良くわかる本　中巻　－応用編―をお届けすることが出来ます。

　上巻はわりに好意的に受け取られたようで、ほっとしています。上巻での予告どおりこの本で扱う内容は自分でシナリオを組んでセッションができるようになるまで、です。この本は基本ルールブックをすでにお持ちで上巻の内容をもとに何度か深淵をプレイなさったことのある方を対象に作られています。できるならば城砦や追憶にも目を通しておいて下さると良いでしょう、いくつかそれらに言及している個所もあります。

　上巻はひたすらわかりやすい本を目指していましたが、中巻は上巻よりは多少難解な本になっています。私が今回想定している読者像は、わかりたいことをわかるために努力することを怠らない読者です。もし引っかかる個所があればそこで立ち止まってじっくりと考え、場合によってはノートに議論の流れを整理するといったことを厭わないでください。そういった能動的な行為によってのみ理解されえる事柄も、この世界には多数存在するのです。

　内容について多少解説を加えておきましょう。第６章から第８章は主にプレイヤーの技術論に関する話題を扱っています。第６章はキャラクターメイクについて、第７章は世界設定に対する考え方について論じています。第８章は上巻第４章において述べたリアリティということについてすこし突っ込んだ議論を展開しています。
　第９章から第１２章はシナリオ作りに関する話です。第９章、１０章においてさまざまなシナリオのタイプについて整理し、第１１章でシナリオの基本的な作り方およびその運用の仕方を、第１２章では応用的なシナリオタイプについての整理を行っています。
　第１３，１４章は描写に関する話題を扱っています。１３章で描写とは何かという原論的な話題を、１４章では実際のゲーム上における描写の個別ケースにおける注意点を論じています。
　　今回は実践的な話と理論的な話が入り混じっています。もしとりあえず実践的な話のみに興味がおありでしたら、６章および９章から１２章、１３章の前半部分だけに目をとおしてもらっても構いません。

　今回の内容は深淵に限定されない一般的な話も多くなっています。深淵に限らずストーリー性の強いゲームを行う際には充分役に立つでしょう。
　ではまえおきはこれぐらいにしてそろそろ本編に入っていきましょう。

第6章キャラクターメイクについての補足
第7章存在と時間－世界設定の理解の仕方－
第8章二種類のリアリティ
第9章シナリオの3タイプ
第10章即興型のシナリオのタイプ
第11章即興型
第12章シナリオの記録
第13章ロジックとレトリック　描写－理論－
第14章描写について　実践編
付録:使いやすい魔族解説＆シナリオアイデア集　抄版
あとがき

第6章　キャラクターメイクについての補足

　この章で扱うのはＰＣ作成に関して上巻では扱いきれなかったいくつかの内容についての補足です。また、キャラクター作成補助シートの改訂版をおまけとして巻末に載せています。ご利用ください。　ただし、新シートは詳しくなった分、全て埋めるにはわりと負担の高いシートになってしまいました。初心者の方は旧シートをお使いいただく事をお勧めします。

６－１　ＰＣにとって必要なこと

　上巻でくりかえし強調したように、深淵のシナリオというのはプレイヤーの作ったＰＣ設定のことに他なりません。プレイヤーが作ったＰＣが駄目ならどうがんばってもある程度以上にはゲームが面白くなりませんし、場合によってはゲームが出来ないことすらありえるでしょう。　さて、深淵のＰＣ作成においては2つ果たさなければいけない課題があります。わかりやすいＰＣを作ること、魅力的なＰＣを作ることです。

６－２　わかりやすいＰＣ

　　まず前者からいきましょう。わかりやすいＰＣとはどのようなものなのでしょうか？それがわからないと、「わかりやすいＰＣを作れ」と言われてもすごくわかりにくいですよね（笑）。　この場合のわかりやすいというのはプレイヤーにとってわかりやすいＰＣという意味とマスターにとってわかりやすいＰＣという2つの意味だと思ってください。

　プレイヤーにとってわかりやすいというのは、そのＰＣをプレイするにあたって何をすればいいのか迷わない、そのＰＣの行動基準が他のプレイヤーにも明確であるといったような意味です。シートでは「今しなければならないことがありますか?」とか「今悩みがありますか?」といった質問のあたりがこれに関連するところです。つまりＰＣの動機に関係する部分のことですね。これがいいかげんだと特に理由もないのに他のＰＣにからもうとするとか、そういう馬鹿馬鹿しい事をするはめになっちゃいますからね。そういうリアルさを損なうことはやめましょう。
　ところで、「今しなければならないことがありますか?」の質問に特になしと書く人もたまにいますが、その場合は今の生活を守るとか、するべき事を探しているといった事を書いた方が良いです。現状に満足しているＰＣの場合、この欄は埋めづらいのはわからないでもありません。しかし、そもそもそういうＰＣの場合は、日常と非日常の対比がシナリオの主題になるので、今の日常が大事なものである事を確認しておいて欲しいのです（今の日常に対して焦燥感を抱いている場合も、それを明確にしておいてください）。

　　マスターにとってわかりやすいＰＣとは要するにシナリオが作りやすいＰＣであるという意味です。このゲームではＰＣの設定が即そのままシナリオであるという話をしたのを覚えていますね?ＰＣ設定を見ただけでどういうストーリーが紡がれるのかすぐわかるＰＣ、これが深淵のＰＣに求められることなのです。
　具体的には、シートの「セッション中やりたいシーンはなんですか?」という質問がこれに関する欄です。実はここがあのシートで最も重要なところです。ここさえうまく書いていてくれたら、マスターがこれをつなぎ合わせていくだけでシナリオになるのですから。
　ここをうまく埋めるためのコツは二つあります。一つはやりたいシーンをやるために他の設定に改変を加えてしまうということです。ある良いシーンが直感的に連想された時、そのシーンを演出するのに適した運命があるのなら、運命の変更をマスターに申し出るのです（運命の変更に寿命が必要などというダサいルールは無視しましょう）。なんならテンプレートを変えたってかまいません。おいしいシーンが出きるならそれが全てに優先します。

　二つ目は設定を考えていく時他のプレイヤーと相談しながらやると言うことです。相談と言ったって難しく考える必要はありません。最初は「今回は僕のキャラは～～な感じで行こうと思うんだけど」と言うだけでもかまわないのです。腕の良いプレイヤーならそれを聞いてセッションが面白くなるように考慮してくれます。上巻に載せたシナリオやこの本のシナリオを読んでもらえたら、ＰＣ同士の設定がからんでいる方が、セッションが面白いということはわかりますよね。構造型でない即興型のシナリオでもそれは同じです。慣れてきたら他の人の設定を聞いて自分のＰＣの設定に手を加えるといった、多少高度な事にも手を出していってくださいね。
　もちろん相談というのは、実はかなり高度な技術です。他のプレイヤーのＰＣ作成の進行状況をふまえながら、自分のＰＣの設定を深めていくという、極めて難しいことが要求されるからです。深淵はマスターよりもプレイヤーの方が難しいというのはそういう意味で、プレイヤーサイドのがんばり次第で、セッションが面白くもつまらなくもなり得るのです。他のＰＣの設定を考慮し、自分のＰＣの細部の設定を整えるというのは、言ってしまえばシナリオ作成の基本と変わりません（深淵におけるシナリオというのはＰＣたちが活躍できる舞台を用意することである、と上巻に書いたのを覚えていますか?）。ＰＣ設定さえうまくできればマスターはなにもしなくて良いのです。もちろんキャラメイクが失敗でも、ゲームマスターのがんばり次第でフォローできる部分はあります。ですが、あくまでそれはフォローにすぎないということは覚えていてください。
　キャラメイクでプレイヤー同士で相談をしてもらうには、そういう雰囲気に場を持っていくことが重要になります。相談しろといっただけでは、なかなかプレイヤーは相談してくれません。あなたが慣れたプレイヤーなら、自分のＰＣの設定をまわりに話すだけでなく、他のプレイヤーにＰＣの設定を尋ねていくといった事も試してみてください。こういった雰囲気の誘導といったことは、マスターよりもプレイヤーサイドの方がやりやすいはずです。

　６－３　魅力的なＰＣ

　わかりやすいＰＣが作れるだけで、実はかなり大したものなのですが、それだけではキャラメイクにおいて必要なことの半分しか終えていません。いくらシナリオにしやすいとはいえ、設定に何の深みもないのであれば、わざわざ深淵をする必要はありません。そのＰＣが「面白そうだ！」と思えること、これが深淵のＴＲＰＧのキャラメイクで最も重要なことです。私が言う「魅力的なＰＣ」というのはそういう意味です。

　さて、魅力的なＰＣを作るにあたってですが、これにはいくつかコツがあります。もちろん最終的には、あなたが何を魅力的と思うのか？という事がこの部分に関してもっとも重要なことです。これは忘れないでください。とはいえ、一般論的に「こういう事に気をつければ魅力的なＰＣになる」と言えることがいくつかあります。この節ではそれについて論じたいと思います。

　まずはそのＰＣの護りはなにか？ということについてです。深淵のＰＣというのは運命によって過酷な設定を背負わされがちです。時折、生きているのさえいやになるんじゃないのか?というような設定のＰＣが生まれることすらあります。また奇妙な旅人や人形使いといった悪役系のテンプレートは、本当に裏も表もないただの極悪人になって興ざめする時があります。ただの極悪人なんかプレイしても全然面白くないのは言うまでもありません。
　私の経験ではそういった難しいＰＣを演る際には、なにかそのＰＣの心の支えになるようなものを設定してやるとうまくいくことが多いです。これが私の言う"護り"という語の意味です。
　たとえば、呪われた天才剣士というのはかなり厳しいテンプレートです。普通に演れば、なぜこいつは自害しないんだ？とすら思えるような人格設定になりがちです。私はこのテンプレートをやる際には、護りとして「誇り」という事を重視することが多いです。心までは魔剣に屈しない、そういう態度を前面に出してロールプレイするのです。この場合悲劇に導こうとするゲームマスター対それに抗うプレイヤーという、純ゲーム的な対立構造が出来あがり、非常にスリリングなゲーム展開が楽しめます。
　こういった「始まる前から終わっている」ぽいＰＣの場合、最後の心の拠り所を設定しておかないと、ただ流されるだけになってしまいそうだということはわかりますよね（あなたが悪魔的なマスターなら、じゃあその最後の心の拠り所を奪ったらどうなるのか?とお思いになるかもしれません。そこまでやるならわたしは「好きにしてくれ」と言うしかありません）。
　悪人系のＰＣなんかの場合、なぜこいつは悪人になったんだ?ということを考えることはセッションに深みをもたらします。例えば青龍の魔道師が「おれはこの世界に産み落とされてから何一つ良い事がなかった。だからこの世界に復讐するんだ！」と言って龍を召還するのは説得力がありますよね。この場合「世界に対する復讐心」がこのＰＣの心を支える護りになっているわけですね（だから"護り"というのはきれいなものだとは限りません）。（注１）
　もちろん、一般的なＰＣでも護りについて考えるのは非常に有効です。苦難に陥ったとき、そのＰＣが何を心の拠り所にするか？ということについてあらかじめ考えておくことは非常に有効な手法です。平和な日常、愛する家族、職業的プライド、信仰心、復讐の誓い…苦境に陥ったときにどれが真っ先に出てくるかで、そのＰＣのロールプレイは全く異なってきます。研究してみてください（設定補助シートでは縁故に関するあたりがこのシートに関係するところです）。

　二つ目に注意してほしいことはリアルかどうかということです。いくらドラマチックな設定でも、あまりにも現実味に欠けるＰＣは、やはり失格といわざるを得ません。
　例えば「このＰＣは旅をしている」という設定は、わりと安易に使われています。しかしながら、そもそも深淵の世界には旅人というのはあまりいないのです。基本的に商人・踊り子等特殊な設定のものを除いては、一般系のテンプレートは居住地から外のことは知らないものです。例えば普通の農村には宿屋などないのが当然ですし、旅人はあるていど警戒されます。一般人が巡礼等特殊な理由以外で旅をしているといえば、追放されたか難民かぐらいの理由しかありえません。それを忘れないでください。旅人とは本来胡散臭いものなのです。
　旅人のことに限りませんが、深淵のＰＣというのはえてして一般人から見て尋常じゃないような（端的に言えば変な）人物になりがちであることを忘れないでください。胡散臭いものには人はそれなりの対応をします。それは深淵の世界でも現実でも変わりません。笑うしかないようなＰＣを大真面目にやるといったサムイことだけは避けてください。馬鹿馬鹿しいＰＣは興ざめです。

　最後の３つめはＰＣの変容ということです。深淵のＰＣというのは大なり小なり何らかの欠陥を抱えて生きています。運命っていうのは、ＰＣに設定をつけるルールですが、言いかえればそれはＰＣの持つ何らかの欠陥に他なりません。深淵のドラマとは、ＰＣが運命にどう立ち向かうかというドラマなのですから、セッションにおいてＰＣは運命との戦いの中でそれと折り合いをつけ、変わらなければなりません。それが深淵のドラマの本質です。
　例えば単に復讐のために生きたり任務のために生きたりするＰＣは、深淵としてはあまり面白いＰＣではありません。「復讐なんてくだらない生き方だ」と言えるようになる、深淵というドラマの主眼はむしろこちらです。なにかにとらわれたＰＣをそのなにかから開放する。過去のしがらみやトラウマと和解する。こういう事が表現できると言うのが深淵の特長であり、運命というルールのすばらしさなのです。　今は消えてしまいましたが、初期の版のキャラ作成補助シートにはこの点に関する「このＰＣはセッションを通じてどう変わると思いますか?」という質問がありました。難しすぎてあまり埋めてくれないので削除しましたが、今の版ではこの質問に変わるものとして「今悩みはありますか？」とか「やらなければならないことがありますか?」といった欄があります。ここを埋めるときは、このＰＣはどういう風に変わるのか?という見通しを持って埋めていってください。この変わりゆくＰＣというのは、うまく表現できたら本当に面白いものなのですが、同時にとても難しいものでもあります。最初からある程度の見通しを持って、序盤から夢歩きや縁故の書き換え等でＰＣが変わりゆく様を表現していかないと、おそらくはそれを表現するのは不可能なのです。

６－４　最後に

　最後に一言だけマスターサイドからみたキャラ作成について補足しておきます。
　扱いきれないような設定のPCとか、何も面白くなさそうなPCは遠慮なく却下してください。そのほうが互いのためです。

（注１）
　悪役系のＰＣの護りに関してですが、２つ注意点があります。
　一つは無理に悪役のＰＣの護りをセッションで語ろうとするな、ということです。悪役の設定を深めるというのはかなり高度な技術です。実際のところは夢歩きで悪役ＰＣの過去を匂わせる程度が精一杯でしょうし、それでも充分面白いセッションになります。悪役の設定をシナリオに生かそうと、無理に欲張ると破綻するので注意してください。悪役は所詮悪役、他のＰＣのひきたて役なのです。
　二つ目ですが、悪役のＰＣから護りが奪われたらそのＰＣは自殺しかねないということを覚えていてください。例に挙げた青龍の魔道師などの場合、おそらく世界が生きるに値すると思えた瞬間に自殺します。世界に対する復讐心だけで生きてきたＰＣから復讐心を奪うということは、そのＰＣのそれまでの人生全てを否定することと等価なのです。じゃあどうやったらこういうＰＣが救われるのかという問いは、真に深淵らしい問いです。私にもそんなことわかりません。皆さんでこの問いかけに対する答えは見出していってください。

第７章　存在と時間　－世界設定の理解の仕方－

７－１　TRPGの歴史における世界設定

　過去のＴＲＰＧの歴史において、世界設定についてのユーザーとデザイナー間の次のような不毛な問答が途絶えたことはありません。

ユーザー「～～の設定はどうなっているのですか？」
デザイナー「細部の設定はユーザー側の裁量に任せます。」

　正確にはデザイナーの本音は「そんな細かいとこは勝手に決めてくれ！」ってとこなのでしょうね。まあ、その気持ちはわからないでもありません。どこまで細かい設定を決めても必ず重箱の隅をつつかれるのですし、第一設定を決めすぎてしまえばユーザーが使うべきシナリオのネタがなくなってしまいかねませんから。とはいえ、この問答は二つの理由から過去常にユーザーの不満の源になってきたという事実は否定できません。理由の一つ目はＴＲＰＧにおいて世界設定というものがどのような意味を持つのかが語られない状況で好きなように決めろと言われても、そもそも自分がどのようなことが好きなのかわからない、ということ。二つ目は、ユーザーが自分で世界設定を決めるという時に生じるある種の不安についてデザイナーがあまりにも無頓着であったということです。

　もうお分かりだと思いますが、私がこの章で述べようとしているのは深淵の世界設定についてという限定されたテーマでなく、ＴＲＰＧ一般における世界設定の読み方、および世界設定の使い方についてです。先に結論から言えば、ＴＲＰＧの世界設定に対するユーザーの取り得る態度とは「世界設定を使う」か「世界設定に使われる」かのどちらかでしかありえません。私はこの章で世界設定のさまざまな要素、およびその背後にあるものの解説を通じてその事を明らかにしていきたいと思います。深淵の世界設定の解説については、この本では行いません。私の理解しているのはあくまで「私の深淵」であり「あなたの深淵」ではないからです。私はあなたが考察するための「やりかた」について、ただそれだけを提供したいのです。

７－２　世界設定の諸要素１　舞台としての世界設定

　一つ目は一番わかりやすいものからいきましょう。舞台としての世界設定とは要するにシナリオのネタにするための世界設定です。具体的にはその世界の歴史であるとか、地理・政治情勢等がここに入ります。歴史がネタになるということの意味はわかりますよね？過去に滅んだ大国があればその国の遺跡があるでしょうし、魔族とか悪魔といった世界全体に共通の敵がいるならその存在の意味を歴史設定が教えてくれるでしょう。舞台としての世界設定というのは要するにこういう意味です。
　この部分について忘れてはならないのは、特殊な立場にいない限りＰＣはその手の設定を知っているはずがないし、またプレイヤーが知っている必要もないということです。ときおり世界設定上の有名NPCやモンスターを意味もなく出して喜ぶマスターがいますが、そういうことは無意味なのでやめておきなさい、とここで言っておきます。マスターがセッション中に説明できる以上の事をプレイヤーが知っていなければいけない理由はどこにもないのです。

７－３　世界設定の諸要素２　背景としての世界設定

　背景としての世界設定とは要するにその世界の住人が世界をどのようなものとして把握しているか？ということです（注１）。舞台としての世界設定と異なるのは、これらの設定は直接シナリオに関わってくるのではなく、そのＰＣの背景設定を提供することでシナリオにリアリティをもたらすということです。狭義には貨幣単位や物価といった諸設定もこの要素に含まれます。
　例えばいくらプレイヤーが思いついたとしても、ファンタジー世界の住人が民主主義とか人権といった概念を持っているはずはないですよね。知らないはずの事について言及するといった、そういうちぐはぐな行いをしないために、この種の設定はあります。具体的には技術レベル、社会レベル、宗教等が重要な要素です。

　少し具体的にあげましょう。まず技術レベルについて考えねばならないのは、医療技術がどれぐらい進んでいるのか？交通網はどれぐらい発達しているのか？農耕技術はどれぐらいの生産力があるのか？と言ったことです。例えばいわゆるファンタジー世界がモデルとしている中世では、医療技術といえば喀血（注２）といった何の意味もないものぐらいでした。また、農耕技術は人口をぎりぎり支えられるかどうか程度でした。
　社会レベルとは政治体系や宗教観・倫理観といったことについてです。このことについてはできればゆっくりと考察する時間を取っていただきたいと思います。ここではあまり詳述するとあなたの考える余地がなくなるので、２点だけ是非考えてみて欲しい例を挙げます。
　一つ目はＰＣにとって他者とはどういう存在であるのか？ということです。例えばいわゆる人権概念は、じゅうぶんな食糧生産技術と共にしか発明され得ません（つまりＰＣは人権概念を持ちようがない）。食い物がなければ人権なんていう悠長なことは言ってられません、わかるでしょう？この点を踏まえれば、ＴＲＰＧにおける異教徒や異種族等に対する扱いがどのようなものであるのかが、おのずと明らかになります。
　二つ目に考えて欲しいのは、神秘的なものに対してこの世界の住人がどう思っているのかということです。魔族や龍といった存在がこの世界の住人にとってどれぐらい一般的なのか？魔法はどれぐらいの知名度があるのか？ということを認識しておくことは重要です。もし現実世界であなたの家族が突然「～は魔族のしわざにちがいない！」とか言い出したら病院に連れて行くでしょう？それと同じようなマヌケな過ちはおかしてはなりません。その手の存在というのはうかつに口にすると正気を疑われかねないかもしれない、それは覚えておいてください。

　さて、この舞台としての世界設定という要素を考えるにあたって覚えていてほしいことは、この部分に関わる世界設定は、そのゲームにおけるシリアスさの度合いをあらわしているということです。
　例えば先ほども述べたように通常ファンタジー世界では農耕技術はさほど進んでいません。このことは、もし突き詰めて考えるなら通常のファンタジー世界では頻繁に飢饉が起き、餓死者が発生しているということを示しています。わかりやすく言うならば農村部における間引きということの問題、これを直視できるのか否かで、そのゲームの世界観の重さが地球とティッシュペーパーほどにも異なってしまうのです。
　もう一つたとえ話をしましょう。よくファンタジー世界では仮面をつけた人物が登場します。さて、あなたはなぜ街中に仮面をつけているような怪しげな人物がうろうろして怪しまれないか、考えたことがありますか？答えは、通常こういう世界では医療技術が発達していないため、皮膚病が現在より広く流行しているから、です。仮面をかぶらねば町を歩けないような人が珍しくない、それが仮面の人物がそれほど珍しくないということの理由なのです。

いわゆるライトファンタジーのＲＰＧの世界観は「パンがなければ人は飢える」、こういった当然の事実を無視することによって成立しています。別に私はそのことそれ自体を悪いとは思いません。ただ、私はＴＲＰＧの世界設定を理解するにあたって、このゲームはどこまで目をそむけずに向き合う気があるのか、どこでこれ以上深入りするのを止めているのか？そういったことを考えるのが有益である、とは思うのです。本当は、愛や正義を語れるのは、満たされた者だけなのです。
もちろん、ＴＲＰＧの舞台設定ぐらい、そういったどろどろしたものから離れて設定したいというのは、一つの立派な見識でしょう。それは否定しません。ですが、自分が見捨てた世界の暗部について、見捨てているということについてぐらいは自覚的でいて欲しい、私はそう思うのです。

７－４　世界設定の諸要素３　テーマとしての世界設定

　テーマとしての世界設定とは、世界設定自体が問い掛けていることは何か？ということについてです。優れた世界においては世界設定はある明確なテーマのもと、それを体現するためにくみ上げられます。とはいえ実はここまで踏み込んでいるゲームはさほど多くありません。

７－５　世界に対する態度

　さて、いわゆる世界設定とは以上の３要素から成り立っているわけです。ダンジョン探検シミュレーションでしかなかった初期ＴＲＰＧからの発展の第一歩が世界という要素であったことを考えると、背景世界という発明がＴＲＰＧにおいてなした功績は称えないわけにはいきません。とはいえ、冒頭でも述べたように現在、世界設定というのはある種ＴＲＰＧにおける問題の一つになりつつあります。この節ではそのことについて述べましょう。

　世界設定というものが持つ問題の中で最大のものは、自らを文章として語ってしまったということです。とはいえ、これだけの説明ではなんの事かわかりませんね?具体例をあげて説明しましょう。
　この例は現実世界に関する例です。現在「癒し」という言葉は「死んだ」といってもよい状態になりつつあります。癒しブームとやらが訪れ、癒し系といった語が日常語になり、挙句の果てには「テレビゲームをする事は癒しである」とか「ＴＲＰＧって癒し系ですよね」とか、わけのわからない語の使われ方をするようになって、癒しという語が持っていた厳かな雰囲気・神秘性は全て失われたのです。語られることによって失われるもの、そういうものはたしかにあります。

　ＴＲＰＧにおいても基本的な考え方は同じです。神話や伝説というものは、正解がわからない、いわば手の届かない聖域であるからこそ魅力をもつ、そうは思いませんか？深淵を例にするならば、魔族などいたかどうかすらわからない。わからないからそういう存在については語らない。そういう態度で接してこそ、深淵の世界設定は魅力を持つのだと思います。魔族という語が安易に使われ浪費されるごとに、魔族という語の持っていた神秘的なイメージが失われていくのを私は感じるのです。
　実際にルールブックにも、「この記述は真実かわからない」とくりかえし強調されています。また、整合性ということを考えた場合、実際はいないと考えた方が話がうまくいく魔族もいます。上巻のシナリオ青で述べたサラドナムなんかそうですし、ダーリなんてのも人間の病に対する恐怖の擬人化と捉えた方が、設定的に整合性が取れます。もちろん私はサラドナムやダーリがいないと言っているのではありません。私は「わからない」と言っているのです。そして深淵の世界設定の持つえもいわれぬ魅力は、この「わからなさ」がもたらすのだと、私は考えているのです（注3）。

　世界には確固たるもので必ず正解があるという世界観は、あまりにも受験勉強的な狭い世界観です。現実世界だって実際問題としてそんなに確固たるものじゃないです、例の偽遺跡事件を見ればわかるでしょう。世界が細部まできっちり決められていて、どこかに必ず正解がある、そういうものの観かたに私はなにか不健康なものを感じます（注4）。世界設定はある種のゆらぎを持っていてこそ魅力を持つ、そう思いませんか？世界とは理解する主体とのかかわりにおいて確たる存在になり得るのです。

　もちろんだれもが一致して持っていなければ行けない共通の基盤というのは存在するでしょう。極端な話、判定ルールなんてのは認識が一致してないと困りますからね。深淵世界に銃器が存在しないとか貨幣単位といった、最低限の共通認識は確かに必要です。
だから、この世界設定はなにか？私にとってなんの意味があるのか?なぜこの設定に魅力を感じるのか?そういうことに答えようとする意識的努力によってのみ、世界設定は輝きます。もしそれらの問いに答えられないのなら、あなたは世界設定を使っているのではなく、世界設定に使われているだけなのです。

（注1）
　回りくどい言い方をしました。世界がどういうものであるか？ということについての設定と言ったほうがわかりやすかったかもしれません。しかし、私がこういう言い方をした真意は「ＰＣの認識が真実とは限らない」ということを強調するためです。ＰＣやプレイヤーの認識がその世界の真実であるとは限らないのです。
　（注2）
喀血：病気は悪い血を出せば治るという発想のもとにおいて過去ヨーロッパで行われた誤った医療法。重い病気ほど大量の血を抜けば治るという発想だったため、逆に患者を死亡させることがしばしばだった。
（注3）
深淵における世界設定の記述は全てだれか深淵世界の住人によって書かれたという形式を守っています。語り手の偏見や思いこみのフィルターが、常に深淵の世界設定に関する記述には付きまとっています。
　例えば小説丘の上の貴婦人において夕焼けが赤いということの理由について、劇中魔道師パスカレイドは魔族の流す血であるという伝説と、光の屈折による現象であるという2種類の見解を示しています。これは非常にいいシーンです。
また、世界の書や密使の書が誰によって書かれたのか、という視点でこれらの記述を眺めることは非常に興味深いことです。密使の書が北原、例えばバッスル出身者によって書かれた、と仮定するならその周辺の記述の信頼度は全く変わってきますよね。書き手のプロフィールが明らかでない資料の信頼性がどれほどのものか、一度考察してみることをお勧めします。
（注4）
とはいえ、そのおびえがなにに起因するのかは、私もわからないではありません。恐いんですね、自分の意見を聞かれるのが。深淵世界にはそういうユーザーのための安全装置として魔道師学院という存在を設定しています。　この存在は、「わからないことは常に魔道師学院が知っている」という安心感をユーザーに与えます。
　また、セッションがマスターに制御しきれないほど暴走しても、「魔道師学院が何とかした」と一言言えばすむという、非常に便利な存在でもあります。一種の保険になっているわけですね。
　この学院という存在に対するこれ以上の考察は、読者の皆様にお任せします。
　

第８章　２種類のリアリティ（プレイヤー技術論のまとめ）

　この章では上巻の第４章で論じたリアリティということについてさらに考察を進めていき、それをもとに深淵というゲームで魅力的なプレイヤーをやるためのまとめを行いたいと思います。９章から１２章はマスターの話が書かれていますが、それに目を通しておきマスターの助けになるようなプレイングを心がけるといった、基本的なこともきちんと押さえておいてください。

８－１　外向と内向

　第４章で良いロールプレイの源になるのは過去の積み上げであり、それがPCの行動にリアリティを持たせると言いました。では、そのリアリティを人に伝えるにはどうすれば良いのかというのがこの節の主題です。
　どのような事にリアリティを感じるかは、実は人によって違います。たとえばある傭兵がとても強いという設定があるとします。この設定をリアリティを持って描写するには、大まかに分けて２種類の表現方法のパターンがありえると思います。一つはその傭兵の過去に注目し、それを描写する方法です。なぜ彼が傭兵になったのか?どのような戦歴を彼が経たのか?そういった事を描写することによって彼の強さを描写するという手法は妥当な方法です。もう一つは具体的に強い傭兵ならするであろう行動、例えば武器の手入れや朝の修練、そういった事を描写することで強さを表現する方法です。
　過去何があったのかという傭兵の内面に注目する手法と、現在の傭兵の状況に注目する手法、同じようなこと（＝傭兵の強さ）が聞き手に伝わるにも関わらず、描写のもとになる着眼点がこの２点で全く異なることに気づくでしょうか。

同じようなことを描写するのにまったく視点の異なる二つのアプローチのしかたがあったわけですが、このことは人によってどのような事に対しリアリティを感じるかということが異なるということを示しています。そして人によってどのようなことにリアリティを感じるかが異なるということは、すなわちリアリティにはいくつかの種類が存在することを意味します。つまり、リアリティのあるロールプレイをしようと思うのなら、リアリティの種類について考える必要が出てくるわけです。

さて、ここで私は内向と外向という心理学の用語（注１）を用いた分類法で考えるのがこの場合一番わかりやすいと思います。
簡単に言うと内向的なものの見方というのは"自分にとってどうなのか？"というものであり、外向的な見方というのは"一般的にいってどうなのか？"というものです。
内向と外向の違いを説明する時に良く用いられるエピソードとして思想家ショーペンハウエルの次のような逸話があります（注２）。あるとき彼は散歩をしながら哲学的な思索にふけっていました。そしてあまりにも思索に没頭し立ち入り禁止の公園の芝生に足を踏み入れてしまったのです。公園の管理人は怒って"関係者以外立ち入り禁止"と書いてある看板を指差しながら「おまえは自分が誰で何をしているのかわかっているのか？」とどなりました。ところが思索にふけっていたショーペンハウエルは「ああ、それさえわかってさえいれば！」と答えたそうです。
言うまでも無いでしょうがこの場合ショーペンハウエルが内向的であり管理人は外向的です。内向的な人物であるショーペンハウエルにとって最も大事なのは自分の思索であったわけですが、外向的な管理人にとってショーペンハウエルが何を考えていようがそんな事はどうでも良かったわけです。

内向と外向は車の両輪のようなものであり、どちらも欠かすことの出来ない大事なものです。内向的なものが欠けては自分の意見が何もない中身がからっぽな人間になってしまいますし、外向的なものが無ければただの一人よがりな人間になってしまうでしょう。だいたいの場合人のものの見方というのはどちらかに偏っているのですが、自分の好みの視点に欠けているものを補おうとすることは重要なことであるのです。

そろそろ話をＴＲＰＧに戻しましょう。さて、リアリティのあるロールプレイというのは裏づけのあるロールプレイのことであるわけですが、どのような裏づけを行うのかということには二つの方向性があるわけです。そして内向的な表現と外向的な表現の両方を行っていくことが真にリアリティロールプレイに必要になってくるわけです。

　さて、次節では内向的なリアリティについて、次々節では外向的リアリティについて例を挙げつつ説明していき、最後に内向と外向を両立させるということについて考えていきましょう。

８－２　内向的リアリティ

内向的なものの見方というのは一言で言えば、"自分にとって大事なものだけが大事"といったようなものです。ある意味では内向的な人にとって世界というのは自分の心の中にだけある夢のようなものとして把握されます。
たとえばある人（仮にI氏としましょう）が「一人の戦士対一万の軍勢なら一人が勝つ」と主張したとしましょう。これはかなり馬鹿げた主張のように思えます。ちなみにI氏に言わせると５千の軍勢対１万の軍勢なら１万が勝つそうで、５千なら負けるが一人なら勝つ、これが重要な点らしいのですね。
もちろんI氏の主張というのは「一人の人間の思いが一万の軍勢を陵駕することもありえる」ぐらいに言葉を補えばそれなりに意味はわかります（とはいえ、こういうタイプの主張をする人は「それは近い表現だけど微妙に違う」とか妙なこだわりをするものなのですが）。これは内向的なリアリティの主張に関する典型例であり、こういった"その人にしかわからない価値観"にたいして感じるリアリティが内向的なリアリティです。

具体的なわかりやすい例として、映画「風の谷のナウシカ」のクライマックスシーンについて述べましょう。この映画のクライマックスシーンは、暴走する芋虫のような化け物の群れを、主人公の少女が身を投げ出して食い止める、というようなものです。言うまでもなくこれは馬鹿げた行為です。化け物の群れに弾き飛ばされ、踏み殺されるというあたりが常識的な線でしょう。しかし、この映画のラストシーンで、主人公が暴走を食い止めるシーンには違和感はなく非常に感動的です。なぜでしょうか?答えは、この映画のそれまでの主人公の道のりを観客は見ているから、です。「他の誰でもないナウシカ（この映画の主人公の名）だったら、こういう事もありえるだろう」、無理に言語化するとこういう言葉になるでしょうか。だから、もしこのシーンが冒頭にあったら、暴走を食い止めるシーンはなんのリアリティもなかったでしょう。ナウシカがどんな人物か、観客はわからないのですから。たどった道のりを知っているからこそ、この種の行為はリアリティを持つのです。
　もうひとつ、今度はＴＲＰＧにおいて例をだすなら、吟遊詩人のロールプレイなどがわかりやすいと思います。吟遊詩人の仕事とは当然歌を歌うことです。ゆえに、このＰＣの最大の見せ場は歌を歌うシーンであるといえるでしょう。
さて、ではこのＰＣがクライマックスにおいてある無益な争いを彼の歌でもって静めようというシーンをやろうとしたとします。戦の場のどまんなかで歌を歌い始め、あまつさえそれでもってその場を静めようとする、これはかなり馬鹿げたことに思えます。しかし、もしこのＰＣが戦場で家族をなくした過去があったとしたら、あるいは争いの一方の側が彼の恋人の仇であったとしたら、そのときこの馬鹿げた行為に多少リアリティが生まれます。なぜか？そのような過去の経験、およびそれにともなって彼が持ったであろう葛藤、こういった経験に裏打ちされて（＝こういったことがセッションにおいて表現されて）この行為が行われているのだとすれば、「彼なら」そういう事をするかもしれないな、という説得力が生まれるからです。

　なんとなく内向的なリアリティということについてはわかったと思います。極端な言い方をすれば内向的な人物というのは「世界というのは自分の心の中にだけある夢のようなものだ」という世界観の持ち主なのです。
　だから、内向的リアリティを表現する方法は２つあります。一つはその人物について深く掘り下げて表現し、その人物の内面についての共通認識を作っておくやり方。もう一つはたまたま相手と同じような共通認識が出来ているであろう事柄（お約束ってやつです）について述べる、というやり方です。

　内向的なリアリティをいかに表現するかということについては第１3章の描写についての章で詳しく述べたいと思います。

８－３外向的リアリティ

外向的なリアリティというのは要するにどれだけ理屈にあっているか？という視点によりもたらされます。たとえば傭兵であれば夜に自らの剣を手入れするでしょうし、司祭ならば就寝前に祈りを捧げるはずです。こういった細部のつみ挙げが外向的なリアリティの源です。

一番わかりやすいのはこの章の最初でも例に挙げた戦闘についてでしょう。殴られたら痛いし、剣で切られたら血が出る。場合によっては死ぬこともある。これは誰にとっても納得できる（＝外向的な)事実です。このことを身にしみて知っている傭兵等なら、自らを守るため少しでも有利な状況を作り出そうとするでしょう。こういう戦闘系のＰＣが背後からの奇襲や夜襲にこだわるのはとてもリアリティがあります（注３）。もちろん商人や農夫・少年といったテンプレートがそういう行動を取るのは、逆にリアリティに欠けるのは言うまでもありません、こういう非戦闘系であれば、戦場では恐慌状態に陥るのが自然です。

外向的リアリティについてもう一つ例に挙げるなら、「ペイするか」という視点について説明すべきでしょう。ペイするかとは要するに利益が出るかということです。学生さんにはわからないかも知れませんが、社会人になると、常にこの「ペイするか」という視点が重要になってきます。利益が出ない仕事には、企業は給料を払いません。プロは割の合わない事はしないのです。
ＴＲＰＧにおいても傭兵や商人であれば，利益のでないことはしないはずです。彼らは「飯を食う」ために傭兵等をやっているのであって、趣味でやっているのではないなのです。プロは困っている人がいたからといって無条件に手助けはしません。そういう事をやってしまえば、ＴＲＰＧはあまりにも外向的リアリティに欠けた、単なる子供のごっこ遊びに転落してしまうでしょう。

　外向的なリアリティとは要するに、常識的であるということです。これが欠けてはセッションは荒唐無稽な代物に成り果ててしまいます。あまりに外向的リアリティに欠けたＴＲＰＧは、ただの馬鹿馬鹿しいたわごとにしかなりません。それを忘れないでください。

８－４　内向と外向の両立、その他

　内向と外向は一見すると対立するように思えます。たしかに一般的に人のものの見方というのは、どちらかに偏っています。しかし最初にも述べたようにこの二つが両立してこそ、その人のロールプレイは真におもしろいものとなりえるでしょう。

　具体例を挙げてみましょう。私は6-3節で非戦闘系、例えば少年は戦場では恐慌状態に陥るのが自然だ、と言いました。しかし、もちろんこれは少年のテンプレートをやるとき、必ずそうしろ、と言っているわけではありません。戦場で少年が自らの意志で行動する時、頭の片隅に「普通なら少年は戦場では強行状態に陥る」ということを置いておき、その上でなおかつ恐慌状態に陥らず意識的な行動をすることにリアリティが感じられなければいけない、と言っているんです。そのためにはその少年の存在感が鍛えられている必要があるのです。それまでの場面において少年がどのような行動をとってきたかということが、その少年が守らなければ行けない何かのために戦場において気丈に行動するという事のリアリティを決定するのです。

　　内向／外向という概念を正確に身につけようと思えば、抑圧の機構や４つの心理機能といった概念を知る必要があります。ここではそこまで述べませんが、興味のある方は勉強してみてください。
この内向／外向の概念によってゲーム性とドラマ性とか、ストーリー派とアドベンチャラー派といった、昨今議論になっていTRPGの分類に関する問題は、かなり明快に説明できるように私には思えます。この種のことに興味のある方は、是非勉強してみてください。

（注１）この内向／外向という概念は分析心理学の用語です。参考文献は下巻を参照してください。
（注２）この例はユング心理学入門（河合隼雄著、倍風館発行）より引用
(注３)外向的なリアリティを尊ぶ人が一番こだわるのがこの部分です。彼らには昨今のドラマ性の強いといわれるＴＲＰＧは、人とけんかしたことの無いモヤシが作ったたわごとに見えるのですね。

第９章　シナリオの３タイプ

　９章から１２章は深淵のシナリオ作成についての章です。まず最初に、この章ではシナリオのタイプということについて整理しておきましょう。

９－１　構造・即興・理想

　まずは整理を行っておきましょう。従来雑誌などにおけるゲームデザイナーの記述をみると、ＰＣ作成を伴なう深淵のシナリオには渦型と舞台型の2種類があるとされてきました。知らない人のために言っておくと、舞台型というのはＰＣの設定とは別個に起きるべき事件を設定しておき、そこにＰＣ達を絡ませるという手法のシナリオタイプの事で、渦型とはいわゆる巻き込まれ型のシナリオのことです。
しかし最近私は思うのですが、そろそろこの区別は無意味になりつつあるような気がします。全国的にはどうだか知りませんが、少なくとも私の周辺では、ＰＣ作成を行うタイプのシナリオにおいて渦型と舞台型の区別は全く見られなくなりつつあります。例えば渦型の代表的シナリオである落雷や、舞台型の代表シナリオ雷鳴・多彩の騎士の区別は私の周辺では無意味になりつつあります。それはなぜか？渦型、舞台型で想定されていなかった"ＰＣ設定をシナリオに持ち込む"という作業を行うことにより渦型、舞台型の区別が消え去ったのです。

　そもそも、渦型、舞台型はＰＣ作成をセッション直前に行ったらマスター負担が高い、という消極的な理由から発生した手法でした。構造型、すなわちマスターがＰＣ作成を行なうというシナリオ作成手法は、プレイヤーの「自分でＰＣ作成をしたい」という妥当な欲求の前に攻撃され、欲求不満を募らせました。それに対抗するために渦型・舞台型はＰＣ作成をプレイヤーに行わせたのです、しかし当然渦型・舞台型のセッションでも、いずれ「ＰＣの設定がシナリオに反映されない」という至極もっともな不満が現れるのは明らかでした。構造型が持っていた欠点が解消されたに見えたのは、単なる錯覚だったのです。

ルールブックの記述に従うならば、最終的な解決法は一つしかありえないことはわかりますよね？ＰＣ作成をセッションの一週間ほど前に済ましておき、ゆっくり時間をかけてシナリオ準備を行うというやりかたです。これを理想型と命名しましょう。残念ながら、こんな理想的な状況はほぼ存在しないと言っていいでしょうね。ＴＲＰＧ自体の衰退が叫ばれる昨今、こんなことが可能な場所なんか絶滅したに近い状況にあります。
もしあなたがそういうことが可能な状況にいるならその幸運を感謝すべきでしょうが、そうでない大多数にとってはそんな理想状況を羨むだけでは全く進歩・発展の余地はないですよね。愚痴を言うのは愚かな所業です、状況とは不平を言い嘆く対象なんかじゃなく、自力で意志をもって改変するものなのだと私は思います。
この場合の状況打破に必要なのは、新たなシナリオタイプの想定、つまりＰＣ作成をセッション直前に行なわせ、なおかつその作成されたＰＣの設定をシナリオに持ち込むという一種力技的なアイデアです。この語り部の書に即興詩人として紹介されているシナリオタイプ、これが現実的な唯一の解決策だと私は思います。これを即興型と命名しましょう。すると、この本で扱うシナリオタイプには１、構造型、２、即興型、３、理想型の３種が存在するのがわかると思います。

９－２　即興型の実例

　即興型のシナリオ作成およびマスタリングについては次章以降で扱うとして、この章の後半部では即興型の具体例を見ていきましょう。とりあえず題材として取り上げるのは基本ルールブック語り部の書掲載の多彩の騎士（59ｐ）です。このシナリオを即興型として扱うとどうなるのか、ということを例にして即興型の実例を見ていきましょう。先にこのシナリオに目を通しておいてください。
　即興型ですから、ＰＣ作成は直前に行なうことが前提になっています。ここではかって私のサークルで実際に行ったセッションを取り上げます。

　プレイヤーは３人であり、ＰＣとして彼らが作ったのは以下の３キャラでした。

・キャラクター名：セイル・ユング　テンプレート名：狩人　運命　失踪（妻）、しがらみ　縁故　基本＋妻５（封印の破壊者）
・キャラクター名：ユーリル・カート　テンプレート名：少年　運命　死霊の加護、友なる動物　縁故　基本＋死霊（母親：罪悪感）５、愛犬（自己犠牲）５
・キャラクター名：ディック・レイン　テンプレート名：吟遊詩人　運命　魔法の力（破魔の瞳）、傍観者の記憶

　　基本的な設定は運命を見ればだいたい見当はつくと思いますが、セイルは半年前に妻が行方不明になりそれを探している狩人。ユーリルは早くに両親を無くし親戚の家で育てられたという設定の少年、愛犬は両親の形見という設定にしました、またあるときから母親の死霊の声を聞くようになり、それを心の支えとしてきた、となっています。ディックは破魔の瞳に象徴されるように、過去は正義感あふれる青年だったが、あるときある事件をきっかけに魔族やその信徒たちの悲しさを知り、単純な正義という世界観に疑問をもって世のさまざまな悲しみを叙事詩として歌い上げる吟遊詩人となった、という設定です。

　まず、マスターとして考えることは誰と誰をからませるのか？ということです。ディックもセイルも設定的に弱い物を助けずにいられない性格なので、まずユーリルを中心に他のPCを絡ませることにしましょう。ユーリルのいる村を舞台の村として、リエザと知り合いとし、リエザにユーリルの前で「助けを求めに町まで行く」と言わせるのです。そうすれば彼は自ら単独行を行うことでしょう。
　村の外で他のPCおよび魔族に遭遇させ（セイルに出会い魔族との戦闘に巻き込まれ、危機を駆けつけたディックの破魔の瞳で救う、というのがいいでしょうね）、全PCを村へと導きましょう。設定に付け加えるのは、騎士が魔族と出会うためにある女性の封印の破壊者の能力が必要であった、と言うことです、これは日記に書いておけばよいでしょう。もちろん、この女性とはセイルの妻の事です。彼女は封印をといた代償に近くの洞窟で石化していいる、とでもしましょうか（当然、クライマックスは洞窟に変更です）。こっそりついてきたリエザを守りながら探索を行い、妻と再会するシーンを演出すればよいでしょう（魔族を倒すと同時に石化が解けるわけです）。洞窟までの案内のためユーリルが必要になるわけですね。

　ぐらいの変更をPC設定をもとに行えば、十分PC設定が活かせていますよね。つまり即興型とはこういうものなのです。

９－３　構造型と理想型　－練習問題―

　構造型も即興型も基本は即興型の応用です。構造型なら、即興で作ったＰＣを、シナリオに生かしやすいよう運命、縁故等の修正を加えていき、情報／資料を整理していく。理想型ならプレイヤーが作成したＰＣが活躍し易いイベントや舞台を用意する等です。

　１０章、１１章では即興型をメインにシナリオのくみ方を説明し、その後に構造型と理想型のシナリオ作成を解説します。しかし、とりあえずまずはここで練習問題として９－２節で取り上げたシナリオを元に構造型、理想型に手直しするならどうするのかを、漠然とでかまいませんので考えてみてください。

第１０章即興型のシナリオタイプ

１０－１即興型シナリオのタイプ

前章において、即興型とはどのようなものなのかということはおわかりだと思います。さて、具体的な即興型のシナリオの組方は次章において扱うとして、この章では即興型のシナリオにおいて、どのようなタイプが存在するのか？ということについてまとめます。

ところで、もしかしたらあなたは「即興型でマスタリングをするのにシナリオなどということを考える必要があるのか、ＰＣの設定を見てそれをつなげあわせるしかないんじゃないのか」、とお思いかもしれません。まあ、それは概ね正しい意見です。確かに私も上巻では、「ＰＣ設定が全ての核であり、シナリオそのものである」、と述べました。
しかしながら、ＰＣ設定＝シナリオと言ったところで、現実にはそれを一つの状況にまとめあげる作業が必要であるのは当然であり、そのまとめあげる際にその手法を定式化しておく、というのは作業の簡便化には大いに有効です。

さて、私自身の経験を省みて、私が即興型で行ってきたセッションにおけるストーリーライン（つまりシナリオ）は、プレイヤーがどんなＰＣを作ったかによって異なる、いくつかのタイプに分類できそうです。この節ではその種類についてまとめ、どういうＰＣならどういうシナリオが良いかということについて考察していきます。もちろん、これは私の経験のみに基づく、いわば便宜上の分類です。即興型のためにＰＣ設定をまとめ挙げる際に私が無意識に行って来た作業をあえて文章化してみた、そういう種類のものです。私のやり方以外の観点における整理もありえるでしょうが、まずはこれにしたがって考察していくということをご了承ください。

１０－２タイプと実例

1、ラスボス型

ＰＣの中に人形使いやケルトリンの愛し子・死せる魂の守護者の６の位といったタイプのテンプレートがいたり、９１－７といった系の運命を引いたりしたＰＣ、つまりあからさまに他のＰＣと敵対するタイプのＰＣがいるときのシナリオタイプです。
このタイプの即興型のセッションでは、ＰＣ達のいる場所の舞台設定を行う以上のことをマスターはする必要がありません。ＰＣが勝手に動きまわるのを、ただ見ていればいいのです。
あえて付け加えるなら、被害者である一般系ＰＣ達の設定を強化し、伝承をでっちあげるなりして舞台を整える，という作業を行ってもいいですが、蛇足になる危険性も高いです。
このタイプについては具体例をあげる必要はないですよね？

2、半構造型

ＰＣの引いた運命同士がうまく絡みあいこれ以外のシナリオ展開はありえない、と言ったばあい、もしくはテンプレートタイプによって（又は強烈な運命を引いて）これ以外はシナリオ展開がありえないというようなＰＣがいた場合のシナリオタイプです。あるいはマスターサイドから「設定に～という要素を入れてくれ」と言う、というやりかたもあります。
例えば、退魔師や戦車の魔導師がＰＣに入れば、対魔族という要素はシナリオ展開からはずせません。この場合、他のＰＣの引いた運命が彼らの戦うべき相手、解決すべき事件を決定する事になります。また、追放・呪い・病魔・奪われた肉体といった運命もよくシナリオの方向性をガチガチに固める事があります。
半構造型がラスボス型と大きく異なるのは、これらのＰＣの場合強引に他のシナリオタイプにもちこむ事もできるという点です。どうしても落雷がやりたければやれるだけの融通はきくわけです、人形使いとかと違って。

実例として、実際私が行ったセッションのＰＣを紹介します。
・テンプレート：商人運命奪われた肉体、不幸の予言
・テンプレート：退魔師運命基本＋しがらみ
・テンプレート：原蛇のまじない師運命基本＋再会の予言

これらのＰＣを見ただけで、「商人の頼みで退魔師とまじない師が肉体を奪った魔導師を追う。その過程でまじない師はかっての兄弟子に再会する」というストーリーラインが浮かびますよね？後はこの発想に肉付けするだけで良いわけです（念のため言っておきますが、これは実際にあった例です。もっとも、ここまでできすぎの組みあわせは珍しいということは、たしかに否めませんけどね）。

3、キーＮＰＣ型

ＰＣ設定の中に、キーとなりそうなＮＰＣがいて、そのＮＰＣを中心にセッションをまわしていく場合のシナリオタイプです。このタイプの場合重要になるのはキーＮＰＣの設定に魅力を感じるかどうか？ということになります。設定上重要なＮＰＣでもゲーム中に出さなければいけない必然性が無い場合は、あえてそれを出す必要が無いのはわかりますよね。もちろん、そのＮＰＣの設定によっては前述の半構造型に近いとこまで決まってしまう事も十分あり得ます。
たとえば、失踪した妻の持つ運命が教団からの脱出であれば、そのＰＣが妻を助ける，というのがメインプロットになりますし、恋人が王者の相をもっていれば魔族教団からそのＮＰＣを守るというのがメインプロットであり得るでしょう。
キーＮＰＣ型は、半構造型ほどストーリーラインが固まっていない場合のシナリオタイプです。このタイプの利点は、ＰＣ達の動きが鈍いときにＮＰＣサイドからセッションを引っ張れる，という事です。自分から動きにくい、またはモチベーションが明確でないＰＣを、キーＮＰＣにひっかきまわさせ、序盤をのりきろうという考え方がこのタイプであるわけです。
難点は、そのＮＰＣの設定の細部、つまりはシナリオプロットの核をマスターが決定しなければならないという事です。その際に発想の助けとなるのがキーＮＰＣの運命です。従来は変な運命をＮＰＣが引いて苦労する事も多かったのですが、上巻の運命決定補助チャートがあればそんな事もなくなるでしょう。実際のところ、即興型においてはこれか後で述べる舟型のシナリオタイプになる事が最も多いです。また、このキーＮＰＣをＰＣに転用する事で、良い構造型のシナリオになる事も多いですね。

実際の例を見てみましょう。
・テンプレート：傭兵運命：失踪、死の予言関連ＮＰＣ恋人（封印の破壊者）
・テンプレート：少年運命：幻視、風変わりな親族（姉）関連ＮＰＣ姉（傭兵の恋人と同一）
・テンプレート：翼人のまじない師運命：死霊の守護、主人

プレイヤー同士の話し合いで重要なＮＰＣが共有されていたので、これを中心にストーリーのプロットを組んでいきます。まず問題になるのは、なぜ恋人が失踪したかということです。私は翼人のまじない師の運命の"主人"に注目する事にしました。彼女の"封印の破壊者"の運命に目を付けた魔導師が、魔族の解放のため彼女を必要とした、というプロットはどうでしょうか？。もちろん彼女がそれにしたがったのは恋人の呪わしい運命を解くためです。
ここまで考えつけば、復活さそうとしている魔族等の細部を決めればいいだけです。翼人のまじない師の死霊とキーNPCの面影を重ねれば彼もかってに動けるでしょう（もちろん、彼は姉復活のため魔導師に仕えているのです）。幻視を使って傭兵と少年を魔導師の館に集めればシナリオの出来あがりですね。魔族復活の儀式までの数日間がシナリオの本編となるわけです。

4、舞台型

いわゆる舞台型のシナリオです。ＰＣ設定に魅かれるものが無い場合、使いたいネタがある場合のシナリオタイプです。語り部の書の多彩の騎士が代表的です（個人的に私はこのタイプをお父さん型と呼んでいます）。
もちろん、９章で見たとおり、舞台型であってもＰＣ設定をシナリオに組み込むのが重要なのは、いまさら言うまでも無いですね。これは、裏を返せばある程度一緒にいて不自然でないＰＣ達にしかこのタイプが使えない事を意味しています。

舞台型については、どれだけのネタが用意できるかに全てがかかっています。これについては次の節で述べましょう。例は多彩の騎士で充分ですよね。

5、舟型

これも舞台型と同じくマスターの準備したプロットにＰＣ設定をあてはめていくタイプです。舞台型と異なるのは、あちらでは用意したのが事件であったのに対し、こちらではＮＰＣである、ということです。ここで想定しているのは、ＰＣと行動を共にするようなタイプのＮＰＣです。この人が中心になってシナリオを進めていくわけです。語り部の書の雷鳴はこのタイプです。
舞台型ではＰＣ同士のつながりが破綻しそうな状況でも、船型なら中心にいるＮＰＣがＰＣ達をまとめてくれますので、難易度はこちらの方が低めです。もっとも、欠点としてＮＰＣがでしゃばりすぎるとプレイヤーにフラストレーションがたまるという問題があります。
市販シナリオの「人の夢、獣の夢」のサティア、レイラス、上巻に載せた「糸」のユーリ、「青」のメジナンなどは、設定が細部まであり、行動指針も明確ですのでこのタイプのＮＰＣとしてぴったりです。このように一度ＰＣとして使ったキャラの過去や未来を設定し、それをシナリオにしてしまう，というのは非常に有効です。かってＰＣであっただけに、細部の設定や思い入れもあり、即興型とは思えないような奥の深さを見せるでしょう。
ＰＣの設定から連想される事件にこれらのＮＰＣが絡んでくる、これは十二分に魅力的なシナリオである，と言えるでしょう。

こういうＮＰＣのストックがいくつあるか？というのはそのままその人の技量を表すものでありえます。上巻のＰＣ集はそういう意味もあるのですよ、実は。

舞台型および舟型タイプのシナリオは基本的にはプレイヤーが深淵に慣れてない時や、マスターが即興型の練習として用いると良いタイプのシナリオです。すでにあるものに手を加えるだけですので、実はマスター負担も結構低いのです。

6、問答無用型

これは落雷に代表されるように、ＰＣ設定にまったくまとまりが無いような場合に強引にＰＣをシナリオの渦中に巻き込むというタイプのシナリオです。まあ落雷だけでストックは充分なのですが、もう一本問答無用型用の例をあげましょう。シナリオタイトルは「夢」です。

　北原のアヴァター山の地下には最強の龍王"大火龍ジーラ"が封じられているという。この封印は魔族帝国時代に行われた。封印を行ったのは眠りの大公モーシュレー、彼は自ら自身を封印とし大火龍を自らの夢の中に封印した。
　魔族皇帝オエンは封印のため自らをささげるモーシュレーにある魔力を贈った。彼は眠りに付きながらこの世界の全てを見通し、彼が望んだ死に行く魂を自らの夢の中で生かすという力を得たのだ。

　PC達はさまざまな事情により、おのおのばらばらの場所で絶体絶命の危機にあい、気がつくと穏やかな草原にいる。PC達は探索の中で自らが死の危機にあったことを知り、この世界の成り立ちを知る。その時、なすべきことのため現世に戻り死と戦うか、ここで平穏に永遠の安寧に身をゆだねるか、その選択が迫られる。

　という、えげつないシナリオです。やってみるとわかりますが、結構面白いですよ、このプロット。まあそれはともかく、問答無用型とはこの類のどうしようもない状況にPCを放り込むというタイプのシナリオなのですね。

1から順にPC設定の関与がシナリオから減っているのがわかりますよね。つまりこの順で考えていくことで、どのようなシナリオパターンを用いるかを決定できるわけです。

１０－３　即興型の匂い

　即興型でマスターを行うときもっとも注意を払わねばならないのは、シナリオから即興型の匂いを可能な限り消すことです。プレイヤーはどうせアドリブで作ったシナリオなんか、とたかをくくっています。そのプレイヤー達の鼻を明かし、即興でここまでできるのか？という驚きに認識を変えさせること、これが即興型に必要となることです。

　即興型の匂いを消すのに必要になるのは、即興型特有の矛盾を廃し、構造型並みの設定を用意し、プレイヤーがビビルような深く重いネタをシナリオに持ち込むことです。
基本的には即興型とはいえ全部をアドリブでこなすわけではないのは、前章の多彩の騎士の例を見ても明らかだと思います。語り部の書の雷鳴・うるわしき国、賢者の書の井戸、追憶の銀の魚、人の夢・獣の夢、上巻の糸・青等と設定と似たPCが出来たなら、細部を修正して使ってしまえばいいのです。これのメリットは構造型の詳細な設定を維持したままで即興型が行えることです。つまり、いかに即興型とはいえ、過去の資産は十分に活用できるのです。

　同様に、いつでも即興型に流用できるNPCを用意しておくというのは、非常に有効な手法です。前節の船型シナリオの事ですが、一度プレイしたPCをNPCに流用するというのは実はかなり有効な方法です。私が気に入っているのは糸のユーリと青のメジナンです。
　このキーNPCを準備する際のコツとして、彼らが歩んできた人生を前期・中期・後期に分けて決めてしまうという手法があります。例えばユーリであれば、前期においては魔族を憎悪する退魔師であり、中期においては自分の前半生を悔いている娼婦、後期においては死に場所を求めて激戦地をさまよう戦車の魔導師というイメージで決めています。シナリオに良く登場するのは後期および中期から後期への移行期ですが、糸をプレイしたことがあるならどの時期の彼女であれPC全員をまとめシナリオを形成するに十分なポテンシャルを持っていることを理解できるでしょう。
　こういったお気に入りのキーNPCを出す際に気をつけることは、セッション中は絶対に「このNPCは前にPCで使った誰々なんだよ」って言わないことです。プレイヤーというのはマスターやゲームデザイナーの一人遊びに驚くほどに冷淡です。そんなことはあなたの頭の中にだけあれば十分なのです（どうしても言いたければ（気持ちはわかります）セッション後に言いましょう）。
　それさえ気をつけておけば、いつでも使えるキーNPCを２～３人ストックしておくのは非常に有効です。それぞれの時期を象徴する彼らのせりふでも用意すれば完璧ですね。

　上巻で述べたように、描写・夢歩きのパターンをいくつかストックしておくのも当然大事になってきます。また、季節・天候の描写についても忘れないでください。それについては第１４章で。

第１１章　即興型

　この章では前章までの議論をもとに、具体的な即興型マスタリングのやり方について見ていきます。理想型、構造型は即興型の応用ですので、この章を元に次章にて論じます。

　もう一つ言っておくべきことがあります。この章ではマスタリング補助シートというものを用いて説明を行いますが、あるていど即興型に慣れたらこんなシートは使わなくても良い、ということです。このシートはいわば建物を建てるための仮組みみたいなもので、即興型のセッションの流れがわかればもう必要ないものなのです。

１１－１　まず最初に

　あたりまえのことから言っておきましょう。わりとマスターというのは疲れる作業です。特に即興型でマスタリングを行うといった作業はなおさらです。

　充分な集中力、注意力を保つため、前日はしっかりと休み体力を確保しておきましょう。これがいわば奥義ともいうべきもっとも基本的な事柄です。

１１－２　PC作成補助

　さて、セッションの最初にマスターがやらなければいけないことは、プレイヤーがPCが作るのを補助し、魅力的なPCを作り上げるということです。

　ここでマスターが行うべきことは、プレイヤーの作業を手伝い、同時にその日のプレイヤーの技量を見極めることです。
運命や魔族等の設定についての補足はもちろん、NPCの設定についてのアドバイスや、他のプレイヤーのPCと設定をからませるよう働きかける等、マスターにするべきことは山ほどあります。第６章でも述べましたが、相談というのはかなり高度な技術です。PCの設定についてプレイヤー同士で話し合うように場の雰囲気を持っていきましょう。また経験者と初心者が同一の卓にいる場合経験者に先にPC作成をさせない、ということも重要です。順を追って同じペースで進めるように、また経験者も初心者のサポートを行うようにうまく雰囲気を持っていきましょう。
もう一点注意すべきことなのですが、魔族がらみの設定が必要になったら、ランダムで決めるよりもマスターサイドから使いやすい魔族のいくつかを提案すべきです。使いやすい魔族と使いにくい魔族は実はかなり明確に分かれます。何人か自分の得意な魔族を持っておくと便利です（私が得意魔族にしているのはエリシェとブーレイです）。

　時折困ってしまうのが、書いている途中に設定を見られるのを恥ずかしがるプレイヤーです。こういうプレイヤーを相手にしていると、他のプレイヤーがPC作成を終えてしまってからやっと設定を見せてもらった時点で、どうしようもないような設定のPCを作っていることが判明して慌てることがたまにあります。個々のケースによって異なるでしょうが、そういう場合でもできるだけ作成中にチェックを入れていくようにすべきです（それにしても、なぜ恥ずかしがるのでしょうね？どうせ後で見るもんじゃないかと私なんかは思うのですけど）。

　この時同時に行うのは、その日のプレイヤーの状況を判断することです。初対面の人でもシートの埋め具合を見れば大体の技量は見当がつきます。また知人であってもその日の体調次第で能力が低下している場合もあります。キャラメイクを行いながら同時にマスターはプレイヤーに対する見立てを行っていく必要があるのです。

１１－３　ＰＣの見立て

　プレイヤーのＰＣ作成が終わったら、プレイヤー達に休憩時間を与え（昼食に行ってもらっても良いでしょう）、そのあいだにマスターはシナリオの筋を考えることになります。
　ここからはこの本の後ろに載っている付録の即興型マスタリング補助シートを用いて作業を行うことになります。まず行うべきことはＰＣの設定を確認する作業です。
シートの１番目の項を見てください。この項はＰＣの基本的な設定に関するものです。最後のタイプについてですが、上巻の第３章で述べたＰＣのタイプに関する話は覚えていますね。主役型についてだけは多少注意が必要です。いくら設定が主役型的でもプレイヤーの技量が追いついていなければ主役型にはなり得ません。テンプレートで奇妙な旅人を選んだとかならしょうがないですが、そういう場合以外はプレイヤーが無理そうだと思ったらせいぜい能動型である、という分類をしてください（それ以前にプレイヤーに無理そうな設定はマスターサイドから早めに止めさせるべきですが）。
次の欄はＰＣのシートを見てシナリオに使えそうなネタを抽出するための項目です。やりたいシーンはなんですかといったあたりから、描写すべき過去の事件、出てくるべきNPC・魔族、起きるであろう事件等を書き出していきます。使いたいネタがマスターにあるならそれもここで書いていきます。
各PCを一言で表現すると、の欄はPCに対するマスターのイメージを固めるためのものです。ラスボスとか被害者というような書き方や、素朴な農夫、素直な少年といった書き方等いろいろな整理の手法があるでしょう。PCのイメージを示す言葉をなにか考えてみてください。これは後々発想の手助けになります。登場を予想されるNPCリストは、プレイヤーがシートに書いたNPCの名はできる限り拾うといった方針でまとめてください。後々夢歩き等の発想の手助けになります。書き出した後重要なNPCはラインマーカーか何かでわかるようにしておくといいでしょう。

ここまでの作業が終わった段階でPCの設定確認は終わりです。この段階でどのシナリオタイプで行うのかを決定します。主役型ＰＣがいる、能動型ＰＣが多いといった場合はラスボス型か半構造型でいくことにします。この場合が一番楽にシナリオが組めます。ＰＣ作成補助シートを見ただけで、「これしかない」というほどシナリオの筋が固定されるなら、素直にその筋を使いましょう。既存のシナリオと似た設定のPC達の時も同様です、細部修正という方向性で考えるのが一番素直だし楽です。
重要な役割を果たすNPCがいるならキーNPC型でいくことになります。この場合は他人と関われないタイプのPCがいると苦労することもありますので、そこのとこの見極めは注意してください。青龍の魔道師や獅子王教団の兵卒といったあたりは他人とかかわりを持ちづらいので苦労しがちです、こういう場合はマスターからの誘導がしやすい船型や問答無用型の方が良い場合もあります。逆に運命の「しがらみ」や「罪悪感」を持っているPCは基本的に善人ですのでNPCと非常に関わり易いPCです。こういうPCが居る時、キーNPC型（船型も同様）は非常に楽です（注1）。
ここから後の舞台型、舟型、問答無用型はマスターがネタを考える必要があるシナリオタイプです。まず、マスターの体調が悪いとかあまりPC設定に魅力を感じない、というような場合は素直に一番楽な問答無用型（というよりも語り部の書収録の落雷）でいくことにしてください。ルールブック収録シナリオ「落雷」は保険として非常に優秀です。ネタが思いつかない時は落雷、これは基本です。
さて、舞台型、舟型でいく時用に付録に、使いやすい魔族解説＆シナリオネタ集を載せています。とりあえずこれをご参照ください。どれか使えそうなネタをまず一つ選んでもらって、それを用いてシナリオをまとめていくことになります。もちろんあなたに使いたいネタがあるならそれを使ってくださいね（注２）。舞台型と舟型のどちらでいくかは、基本的には・PCの行動指針がわかりやすい設定であるか?・プレイヤーの技量が信頼できるか?の２点で判断すべきことです。舞台型でいけるなら舞台型でいってください、舟型はNPCが活躍しすぎるセッションになる危険性を秘めていますので。とはいえ、舟型の安心感も捨てがたいものはありますが。

　ここまででシナリオタイプ及びシナリオの素材（ネタ）が決まりました。では次節ではそれをまとめていく作業に入りましょう。

１１－４　細部の設定

　シートの２枚目、一番最初の欄はキーNPC／舟型NPC欄になってますが、出てこない場合は書かなくて良いです。

　舟型NPCについてまとめておきます。このタイプのNPCはPC達を一箇所にまとめあげ、行動指針をあたえるのが役割です。主に被害者タイプ、上司タイプ、助言者タイプの３タイプにわかれます。
　被害者タイプというのは一番わかりやすいですよね、何らかの事件にあった被害者のNPCです。ルールブックのシナリオ雷鳴を見てください、このシナリオのサラのようなタイプが被害者型NPCです。このNPCを守るというのがシナリオのメインプロットになります。
　上司タイプというのは、例えば依頼というような形でPCに目的をあたえ、さらに同行しPC達を指揮するようなタイプのNPCです。魔族退治のために戦車の魔道師が傭兵を雇う（または運命によりＮＰＣに従わざるを得なくなる）とか、遺跡探索のために真理の探索者に同行するといったようなのが例としてわかりやすいでしょう。
　助言者タイプとは、ＰＣ達になぜかどうこうしてきていろいろと謎めいた助言を与えてくるといったタイプのＮＰＣです。夢占い師等がわかりやすいですね。上巻のシナリオ「青」のメジナンなどがちょうどいいイメージ例です。しゃべらないけど全てを知ってる謎の人物、そういう雰囲気でこのタイプのＮＰＣは演出しましょう、ハッタリを利かすことは大事ですよ（笑）。

　次の欄はＰＣ、ＮＰＣの関係を整理するためのところです。これは具体例で示した方がよいのでしょうが、ＨＴＭＬという制限上、具体的に図示出来ないのが残念なところです。ここの欄はＰＣ、ＮＰＣの名前を書き各キャラ間の関係を矢印で図示するといった欄です。矢印の横に敵意とか友人とか関係を示す言葉を書き添えるとわかすいでしょう。具体的な図は申し訳ありませんがこの本のＰＤＦファイル版を見てくださいとしか言えません。
　ここまでがキャラクター作成補助シートの内容をまとめていく作業です。次節からいよいよシナリオ本編の内容に入っていきます。

１１－５　シナリオのあらすじ

　基本的にシナリオというのは「ＰＣが何をするのか?」という単純なことが核にあります。シーンやイベント、描写のストックというのはいわば細部（ディテール）なのです。
　だからシートの次の質問、「このシナリオの筋を一言でまとめてください」という項目は、このシートで一番重要な質問です。これがシナリオの核なのです。
　重要なのは一言でまとめることです、例えば上巻の糸なら「魔族に呪われた妹を持つ領主の村に、彼女を狙う退魔士や黒騎士が来る」というのがあらすじだし、青なら「薬草を探して危険な森を旅をする」です。
　基本的にあまり長くまとめてはいけません、せいぜい一～二行です。例えば落雷であれば、「力ある魔剣が、力を欲しいＰＣ達の前に降ってくる」です。ロンゲインがどうのワルラームがどうのというのは、シナリオの本筋と全く関係ありません。そういうことはこの欄に書くべき事ではないのです。　シナリオのあらすじを一言でまとめるというのは、わりと難しい作業であるのはもちろんです。普段から練習しておくというのもいいでしょう。映画や小説のストーリーの本筋を一言でまとめる、そういう練習を心がけてください。

　次項からはこの核をもとにシナリオの具体的内容についてまとめていきます。さて、基本的にはシナリオは前半、本編、終幕というように３部構成で整理して議論していきます。

　シナリオ前半はＰＣの紹介及び状況を整理するための部分です。ＰＣのおかれた状況について説明し、各ＰＣに動機付けを行い、ＰＣ達の人間関係の糸を張る関係を明らかにする、前半部とはこういう機能を持った部です。
　本編の内容を一言で言うと、葛藤という語が一番わかりやすいでしょう。前半において絡められた人間関係について悩み、行動する。それが本編の役割です。要するに人間関係の糸が張り詰め、切れる、これが本編の内容です。
　終幕はシナリオがどうなったか、という部分です。関係の糸が切れて大騒ぎしたＰＣ達が新しい糸を張りなおす、これが終幕部の役割です。要するにクライマックスからエンディングにかけての部分ですね。

　セッション前に行う最後の作業が前半部および本編の簡単な見通しをまとめる作業です。次節では実際のマスタリングについても触れながら、そのことについて説明していきます。

　１１－６　前半部

　上巻の夢歩きガイドにも書いてあるとおり、ゲーム開始直後から最も重要になるのは、ＰＣの動機付け、つまり何をしなければいけないのかということを一刻も速く明確にすることです。

　さて、次にシートに書き込むべきことは各ＰＣの動機についてまとめるということです。ここはマスターがどういう方向性にＰＣを引っ張っていくかという見通しです。ＰＣ設定からの内容のみでなく、舟型のＮＰＣとのからみの動機付け等、マスターサイドから提供するネタに関するものもこの欄に記入します。つまりは各PCに与えられる課題の事ですね。
　課題に関連してその障害ということについてもここで考えます。課題を達成するにあたって障害がなければ面白くも何ともないですからね。単純に言って障害には物理的障害と心理的障害の２種類があります。ちなみに、わかりやすく言うならば心理的障害とは要するに葛藤の事です。あまりにも単純な設定で興に欠けるようなＰＣが出来た場合この心理的障害というものを上手く設定してやることでセッションに深みがでます。

　次の項は序盤で説明すべき事柄についてまとめる欄です。前半部の夢歩きは各ＰＣの人物紹介的な意味合いもあります。また説明しなければいけない世界設定も忘れないように書き出しておく必要があります。
　ここまでまとめたらシナリオの雰囲気もつかめているでしょうから、シナリオの舞台・季節、オープニングシーンの天候についてまとめます。ここまでが前半に関するシナリオ作成補助シートの内容です。

　１１－７　本編

　本編の役割は前半部で築かれた人間関係の糸がどうなるのか、を明らかにすることにあります。前半部において築かれた人間関係／状況がクライマックスにおいて崩れさるまで、これが本編の扱う範囲です。

　本編はクライマックスに持っていくまでが内容なのですが、往々にして"中だるみ"ということが起こりがちです。それを避けるためにはターニングポイントという概念を想定するとうまくいきます。ターニングポイントとは、セッションがクライマックスに向けて収束し始める瞬間である、とここでは定義します。前半部で張った糸が切れる瞬間、こう言えばわかり良いでしょうか?例えば上巻のシナリオ青であれば、「リーシアは助からない。しかも彼女は自分でそれを知っている」という事が伝わった瞬間、糸であればリエルの正体についてケイドが知った瞬間が、シナリオのターニングポイントです。ここで築かれた状況は壊れ、新たな人間関係の糸を張りなおす準備を始める事になるのです。
　青の場合ターニングポイント以降プレイヤーは「リエルが死ぬことが明らかになる」というクライマックスを、糸の場合「ユーリにリエルの正体が知れる」というクライマックスを漠然と予想し始めます。来るべきクライマックスに向けて準備を始める瞬間、これがターニングポイントなのです。　注意すべきことは、ターニングポイントの焦点はＰＣでなくプレイヤーであるということです。プレイヤーがピンと来た瞬間がターニングポイントであり、ゲーム上では特に何も起きていないシーンがターニングポイントであることもありえます。

　ターニングポイントまでをどうマスタリングするかについてですが、前半部で築かれた関係というのは、基本的にどこか歪んだ関係であるはずです（そういう関係になるようなＰＣでなければ、深淵のＰＣである理由がありませんから）。本編の冒頭からターニングポイントまでの間は、この歪んだ関係がどうなるのだろうという不安を抱かせるようにマスタリングするのが、本編に緊張感を与えるコツです。

　「ターニングポイントについて」、ここまでが即興型でセッション前に考えるべき事の最後です。これ以降はプレイヤーの動きを見て対応していくことになります。シートの二番目の質問の項目を見ながら適宜イベントをばらまいて中盤を運営してください。

　１１－８　終幕、他

　基本的にはターニングポイント以降はプレイヤーが勝手に動き回るのを見ていればセッションは上手く行きます。マスターが考えるべきことはどこでまとまりをつけるかということだけです。
　エンディングの夢歩きはプレイヤーの希望を聞き、それを可能な限りかなえてください。　私は個人的に、マスターが最後に一言エピローグを語るのを好みます。これはマスターの夢歩きと思ってもらってもいいです。これでセッションは終了します。
　最後に「では、これでセッションを終了します」と宣言し、終了します。

　さて、ここまでの整理でもわかるように、実際のゲームで最も重要になるのは、序盤におけるセッションの方向性作りです。そこさえうまくいっていればもう成功したも同然なのがわかるでしょう。

　以上が即興型の場合のマスタリングの流れです。次章ではこれを踏まえ構造型及び理想型について整理していきます。

（注1）しがらみと罪悪感はマスターが楽な運命の代表です。
（注２）下巻はこのネタ集がメインの内容です。

第１２章　シナリオの記録

　この章では１１章の内容を元に、理想型及び構造型のセッションについて考えていきます。

１２－１　理想型の場合

　理想型の場合は即興型の完全な応用です。ＰＣ設定について深く考察し、シーンを考え、描写についてのストックを貯める。そういった準備に思いきって時間をかけられる。これが理想型のメリットです。

　理想型でいく時に最も注意すべく事は、ＰＣ作成に時間をかけるということです。厳密にはＰＣ作成はマスターとプレイヤー全員がいる時に行わなければ理想型ではありません、個別のＰＣ作成では相談が行えませんから。またシナリオ準備中にマスターはプレイヤーの設定について打ち合わせを入念に行い、場合によっては細部の設定の提案を行います。

　理想型で行える環境があるというのは、本当に感謝すべきすばらしい幸運なのです。理想型で行うならそのことは忘れないでください。

１２－２　構造型の前提

　さて、次は構造型についてです。上巻でも述べたように、基本的に構造型は即興型に劣ります。構造型で行うメリットはセッションが完全に失敗することが少ないという安心感、そしてシナリオの記録が行えること、この二つです。とはいえ９章２５Ｐにおいて述べたように構造型のシナリオのストックは即興型をやる際において頼りがいのある資産になります。また、主にプレイヤーのキャラメイク能力の問題で現実的に即興型で行うのが不可能な場合もありえます。つまり、ケース・バイ・ケースで構造型的な要素を即興型セッションに組み入れなければならなくなることはよくあることです。
基本的には他人に見せることが前提のシナリオが書けるまでをこの章の内容としますが、ここまできちっとした物でなくてもシナリオの基本プロットだけを書き出してストックしておくことも非常に有効な手法なのです。そういったものの記述法については語り部の書を参考にしてください。

　１２－３　構造型１、基本

　構造型のシナリオを作るにあたって一番大事になるのは、そのシナリオのコンセプトは何か?ということです。そのシナリオで何を表現したいのか?という風に言い換えても良いでしょう。
　この部分がはっきりしていないとシナリオがまとまりの書けたものになってしまいます。このコンセプトを中心に据えて、それを際立たせるためにＰＣ設定やイベントを設定していくというのが構造型の基本的な作り方なのですから。

　次に考えるのは、そのコンセプトを表現するのに最もふさわしいＰＣはどのような人物か?と言うことです。

　コンセプトを表現するためにＰＣ設定をする、これが構造型の特徴です。即興型がＰＣ設定からコンセプトを読み取るという作業であった事を思ってもらえれば、即興型の逆が構造型だというイメージが思い浮かぶかもしれませんが、おおむねその発想は正しいです。

　さて、実は構造型とはいえ、単にプレイするだけであれば基本的にはここからの作業は第１１章で述べた即興型の作業と変わらないんですね。ＰＣの設定をまとめていき、ＮＰＣを決め、舞台を整え、イベントを考える。これら全てすでに１１章に書いてあります。構造型で異なるのはコンセプトが主でＰＣ設定は従（これが即興型なら逆になるわけです）ということと、時間をゆっくり準備に使えることに二点のみです。

１２－４　構造型２、まず最初に

　さて、この節からは人に見せるためのシナリオを書くということに着いて、私の方法論をまとめていきます。念のため言っておきますが、こんな作業は万人がせねばならないことではありません。もしシナリオの記録ということに興味がないのであればこの章の以下の部分は斜め読みしてください。

　まず最初に、このシナリオがどういう内容であるか?という事を簡単にまとめなければいけません。読み手にシナリオに興味を抱かせ、今後読み進んでいく指針を与える、これが最初に必要なことです。面白そうだと思ってもらえなければ、そもそも読んですらもらえませんからね。

　さて、以下に箇条書きにて最初に必要な事を挙げていきましょう。

１、シナリオのフォーマット　
　プレイヤーの人数、想定しているプレイヤー像、必要なサプリメント等の情報が最初に提示されていなければなりません。

２、シナリオ概要
　シナリオの簡単な筋が次に必要です。ＰＣの簡単な紹介と、起きる事件の概要について簡単にまとめ、読み手にシナリオに対する興味と見とおしを与えるのがこの部分の役割です。

３、テーマカード
　最後にテーマカードです。これは雰囲気を伝えるために必要な情報です。

　１２－５　構造型３、ＰＣ紹介

　次はＰＣの紹介です。基本的には、深淵の構造型シナリオでもっとも魅力的なのはＰＣの設定です。ＰＣ設定が魅力的かどうか、これがそのシナリオを読んでもらえるかどうかという点を最も左右する部分なのですね。まず最初にＰＣ作成補助シートに一度設定をまとめてみて、それから書き出していってください。魅力的なＰＣ設定は練習が必要です。映画・小説・コミックで面白そうなキャラクターを見つけ、それらを深淵のＰＣにするにはどうするか考える、といったような練習を怠らないでください。

　ＰＣ紹介について私は、初期運命カード、夢歩き例を提示するようにしています。深淵をやっている方であれば、夢歩きほど雄弁な描写法が無いのは身にしみて知っていますよね？

１２－５　構造型４、前半・本編・終幕

　シナリオの本筋部分については１１章で何が必要かを説明しました。具体的なことは１１章や青、糸等を参照してください。構造型を記述する場合で特に注意すべきことは、個々のＰＣ中心の記述方式を用いるということです。全体的なイベントなんて深淵では細部にすぎません。起きるであろうイベントに対し各ＰＣがどういう反応を示すか、このＰＣに対してはどういう点を強調して描写するのか、そういった個々のＰＣの視点からの記述が深淵のシナリオの主なのです。

　１２－６　構造型のまとめWriting is rewriting

　さて、まずは一旦書いてみてください。一旦書き上げるまでがシナリオを書くという作業の3０％です。残り7割に入るために、まずはたたき台が必要になるのです。

　まずシナリオの雛型が完成したら、次に行うことは資料を集めることです。シナリオの素材に関連した分野で、自分の知らないことについて本を読む、これが次に必要なステップです。人に見せるためのシナリオを書いているんです、ＲＰＧについてだけ知っていればいいなどという馬鹿なことはありません。人に何かを伝えようというのなら、その何かについての勉強が必要なのは当たり前のことですね。図書館に行く時間、人に見せるためのシナリオを書くならこれぐらいは必要です。

　同時に並行して、シナリオを熟成させるという作業が必要になります。まず、シナリオを書く作業を一旦やすみます、その間に日々の生活を送り、ＴＶを見、本を読み、音楽を聞く中でシナリオに入れるべき要素やシーンがふっと出てくることがあります。それを集めるのが"シナリオの熟成"という作業です。シナリオは一旦出来あがったら、一旦寝かせておいて深みを与えることが必要なのです。シナリオを書いている間は、常に頭の片隅にシナリオの事がある状態になります。これがシナリオを書くということの最も苦しい（かつ楽しい）作業なのですよ。

　最後に、人に見てもらってアドバイスを聞くという作業があります。有益なアドバイスの聞き方は、聞く人の趣味や好みの部分は基本的においておき、わかりにくい表現が無いかとか、論理的におかしいところはないかということを中心にを参考にするということです。内容については最終的には自分の趣味が再優先されますので。
　ただし、絶対に内容について参考にすべき意見は、この部分はいらないんじゃないか?という削除に関する意見です。思いこみがきつくなりすぎる、これは人に指摘されないとわからない部分です。実は糸というシナリオは、初稿の後半部全てをばっさりと切り落として完成したシナリオです。「これはいらないんじゃないの?」こんな悪魔のような冷酷な、それでいて有益な言葉は、他人でないと言えませんね。

　さらに、もし出来るなら、テストプレイをする事がシナリオの完成度を高めるでしょう。テストプレイヤーは内容についても有益なアドバイスをしてくれますし、新たなインスピレーションをもらえることも多いです。

　思いきり簡単にシナリオの書き方についてまとめてみました。これ以上のことは専門の資料（例えば映人社発行のストーリー工学入門-ドラマとは何か？-）をあたってください。この小冊子ではさすがに概略しか述べられません。
　この章の最後に、あなたにこの言葉を贈ります。「書くことは、書き直すこと。」がんばってくださいね。

第１３章　ロジックとレトリック（描写－理論－）

この章で話すのは表現の方法、主にGMの状況描写およびプレイヤーの行動説明の方法についてです。ただし、基本的にはこの章で扱っている内容というのは本来ならそれぞれの節ごとに本が１冊書けるような内容の話です。私がこの小冊子で示すのはあくまで概略図にすぎません。もしこの章を読んで、この内容についてあなたがさらに学ぶ必要性を感じるのであれば、是非自分で学んでいって下さるようお願いします。

１３-１　わかりやすい表現の方法（１）わかるとはなにか？

　この節では相手に理解されやすい表現の方法、つまりわかりやすい表現の方法ということについて考えていきます。

　さて、最初に考えるべきことは、「わかる」とはなにか？ということについてです。具体例を挙げて考えていきましょう。AさんとBさんという人が同じ１冊の本を読んだとします。この時Aさんはこの本の内容が「わかった」人になって、Bさんは「わからなかった」人になったとします。この時この２人の間にはどのような差異が生じているのでしょうか？
　この二人に「この本には何が書いてあったの？」と尋ねたとしましょう。Bさんはおそらく何も説明できないか、せいぜい本に書いてあった文章の一部をそのまま言うぐらいのことしか出来ないでしょう。しかしAさんは「ああ、この本は～についての本で、この作者は～という意見をもっていて・・・」と自分の言葉で語ることができるでしょう。つまり、Aさんは読んだ内容について自分の言葉で再構成出来るのにBさんは出来ない、これがわかった人とわかっていない人の差であるわけです。
　今の例で示されたように、「わかる」というのは要するに記憶の中にいつでも取り出せる形で情報が整理される、言い換えるならば情報が使える形になっているということを意味します。ということは結論として、「わかりやすい＝記憶に整理しやすいということである」ということになるでしょう。

　さて、わかりやすい表現の方法にはどのような条件が必要なのでしょうか？単純にいうならばそれは以下の３つの条件を満たす表現です。
１、他の情報との関連が明確である
２、誤解の余地がない
３、情報の量が適切である
では具体例を挙げながらこれら３つの条件を見ていきましょう。

１３－２　わかりやすい表現の方法（２）他の情報との関連が明確である

　わかりやすい表現とは記憶に整理しやすい表現であるわけですから、整理するためには他の情報との関連付けが必須であるわけです。いくつかわかりにくい表現の具体例を挙げます。

・受け手のプロフィールという視点の欠如

　先日ラジオのテレフォンショッピングの番組中ちょうどいい例があったのでここで紹介しましょう。
「さて、今日の商品はパソコンです。ボーナスの時期も来たことですし、そろそろパソコンをはじめてみようというあなた、今日ご紹介するのはそういうはじめてパソコンを触られるあなたのためのセットです。　CPUはインテルの～～で～クロック、メモリは～ですが、ご希望に応じて増設のオプションもあります。４０倍速のCDドライブと人気のCD-Rを搭載していて、プリインストールソフトは～と～と～、初心者の方も安心の構成になっています。・・・（以下略）」
　ここまで聞いて私は思わず爆笑してしまいました。パソコンをはじめて触る人にCPUが何とかでとか言っていったい何の意味があるのでしょう？プリインストールソフトという言葉の意味がわかる人は普通初心者とは言いませんよね？ここまで馬鹿な広告を聞いたのは久しぶりです。
　ここにある問題は、自分の知っていることと相手の知っていることの区別がついていないということです。自分が情報を伝えようとしている相手が誰なのか？何を知りたいのか？そういう視点がここには欠如しているのです。
ＴＲＰＧの例を挙げるならば、２D６とかダイスとかPCといった単語を初心者の人に使うというのは先ほどの例と同じ失敗をしていることになります。そんな言葉普通の人は知らないのです。安易な専門用語や略語・固有名詞の使用というのは、それを知らない人の排除に他ならない、このことは絶対に忘れないでください（もちろん、排除したいからあえて専門用語を使うという手法はあるでしょうが、それは本稿の趣旨ではありません）。

・情報の重要度

　数年前の学生の頃の事ですが、コンベンションを開催するのに、後輩に会場の予約の手配を頼んだことがありました。ところが後輩は会場使用を断られたというのです。ほかのサークルがよくその会場を使用していることを知っていた私はおかしいと思って自分で電話してみました、するとなぜかあっさり会場予約が出来たのです。
　詳しく後輩に事情を聞いてみると、どうやら「どんなことをするのですか？」という質問に「TRPGのコンベンションをやります。」と答え、さらに「TRPGってなんですか？」という質問に「TRPGとはテーブルトークロールプレイングゲームの略で、役割を演技しながら物語を作っていく遊びです。１０数年前にアメリカで生まれ・・・。」等々とTRPGとは何かについて延々と説明したらしいのです、はあ（ため息）。どうも向こうの人は自己啓発セミナーか何かと勘違いしたらしいですね、やれやれ。私はその話を聞いた時かなり頭痛がしたのを覚えています（おまえはあほか？という言葉を私は理性で押さえ込みました。誉めてください）。
　会場の人が聞きたかったのは・商用目的なのか？・どのくらいうるさいのか？・違法性はないかという非常に事務的なことだったのですから、「どのようなことをするのですか？」という質問には「TRPGという囲碁とか将棋のようなボードゲームの一種をやります。会議をする程度以上にはうるさくはなりません。会場費は全員で均等割りにしますが、それ以外の会費徴収はありません。」とだけ言っておけばそれで十分だったのですね。
　ここにある問題点はどうでもいい情報と重要な情報の区別がついていないという問題点です。重要な情報から順に伝え、瑣末なことは後回しにするか聞かれたときだけにこたえる、それが大切なことなのです。

・親切心

　今度は良い例を挙げましょう。深淵の基本ルールブックには本が４冊入っています。本の表紙には第一の書　予感の書とか、第四の書　運命の書とかいう風に番号付きでタイトルがふってあります。もしこのルールブックが予感の書とか運命の書としか表紙に書かれていなかったらどこから読んだらいいのかわからないと思いませんか？番号を振ることでどの本を最初に見なければいけないのかがはっきりわかるように出来ているわけです。これはすばらしい構成です。
あえて言うならば、各本の内容が表紙から読み取れるようにする親切さが合っても良かったかもしれません。どこか表紙のすみのほうにプレイヤー用ハンドブックとか世界設定集とでも書いてあればなお分りやすかったでしょう（この問題点はサプリメント"城砦"で顕著になります）。
　このように、番号を振るとか図を利用する等、情報を整理するためのちょっとした手がかりを示しておくだけで、ずいぶん情報の受け手の労力は軽減される（＝わかりやすくなる）のです。

１３－３　わかりやすい表現の方法（３）誤解しない表現

　どちらともとれる表現というのはわかりにくい上に危険ですらあります。正確に情報を伝えるためには誤解の余地を減らしておく必要があるわけです。二つばかりこのことに関する具体例を挙げます。

・どちらでも取れる表現

昔のことですが、私は自分のＨＰに「思想と哲学の見分け方」というコンテンツを掲載していたことがあります（今思えば若気の至りで恥ずかしい限りなのですが）。このコンテンツのタイトルは実はかなり問題のあるタイトルであるのがおわかりになるでしょうか？
私はこのコンテンツを思想や哲学の良し悪しを判別する方法について述べるつもりで書きました。しかし、この文は思想と哲学はどう違うのか？という意味にも理解されえます。図にすると
良い思想・哲学≠悪い思想・哲学
という内容であるのに一見しただけでは
思想≠哲学
という内容にも理解できるわけです。このようなどちらにも取れる表現というのは（あえてそういう表現をする手法があるにせよ）非常に危険な代物です。

・常識に逆らわない

　クーラーのリモコンで↑は温度をあげるしるしでしょうし。↓は下げるしるしですよね。普通の人は特に説明がなければ常識に従って物事を判断します。もしホテルのお風呂の蛇口に水がでるほうが赤くお湯が出るほうが青く書いてあったらやけどをする人が大量に出てしまうでしょう。常識的なものの見方にあえて逆らってもろくな目にあいません。
たとえば深淵の基本ルールブックの予言の書は縁故や技能リストの説明が、行動判定の説明より前にあります。これは非常に常識的でない順番です（作者の意図は"私は"わかりますが、この構成がわかりにくい順であるのは変わりありません）。城砦の第７の書がルール集で第５の書がリプレイ/シナリオ等のデーター集であるというのもかなりダメな順ですね、普通の人はルール部分がまず先にあると誤解してしまうでしょうから。

１３－４　わかりやすい表現の方法（４）量

　わかりやすい表現と正確な表現というのは実は時に対立します。正確さのためには必要である情報も、わかりやすさのために犠牲にしなければいけないこともあります。
　相手が自分と同じだけの熱意を持っているわけではない、これはあたりまえですがよく忘れられることです。相手に伝えなければいけない情報、相手が知りたい情報、自分が伝えたい情報、この３つはそれぞれが異なる内容です。そして時に応じてどれを伝え、どれを伝えないのかという取捨選択が重要になるわけです。

　これは上巻のサマリーに関する例が一番わかりやすいでしょう。もう一度３－２を読み返しておいてください。

１３－５　魅力的な表現の方法①本当に大事なことは言葉にはならない

　さて、この章の前半ではわかりやすい表現の方法について解説してきたわけですが、実はあれだけではまだ表現のついては半分程度しか語っていません。伝わらないかもしれないけど、それでも伝えたいこと、わかりやすさや正確さを追求するとどうしてもこういった内容が表現から消えてしまうのです。

　そもそもわかりやすいというのは、整理のしやすいという意味でした。相手が今までに知っていることと関連付けやすい表現＝わかりやすい表現であったわけです。しかし、もしそうであるのならば、相手が知らないことを説明するということは本質的には不可能なのか？という問題が生じます。
　そして実はこの問題に対する答えは「ＹＥＳ」です。本質的には、言葉は相手が知らないことを伝えることは出来ません。もしそれが出来るように錯覚するとすれば、それはたまたま説明したことと似たことを相手が知っていたからにすぎません。
　たとえばよく言われる例ですが、本質的には五感に関することを言葉にすることは出来ません。今私が飲んでいるコーヒーの味を、コーヒーを飲んだことがない人に説明することは出来ないでしょう。苦い飲み物とでも説明しますか？苦い飲み物はコーヒーだけではありませんよ。視覚についても同様です。たとえば仮にもし赤という色を生まれてから一度も見たことがない人がいたとして、彼に赤い色ということ説明することは出来ないでしょう。感覚に関する言葉は共通の体験を前提にのみ使用され得るのです。
　言葉にならないのは五感に関することだけではありません。むしろ、本当に大事なのは言葉にならないことのほうである、とすら言えるでしょう。夕焼けを見たことのある人（正確には夕焼けを見て美しいと思ったことのある人）にしか夕焼けの美しさという語の意味はわからないでしょうし、友達が死んだときの悲しみという言葉の意味を理解できるのは、友達を亡くしたことのある人だけでしょう。

　正確な表現、誤解しようがない言葉、本当に大事なのはそういった内容からもれてしまうものの方です。真・善・美は言葉にはならない、多分これは真実です。では、どうすればこういったこと、本質的に他人には伝えられ得ず、それでも伝えたくてたまらないことを言葉にするにはどうすればいいのでしょうか？　方法は一つしかないでしょう。ひとり言のようにそういう言葉をつぶやいてみて、あいてがうなずいてくれるのを祈るだけです。そして、仮に相手がわかったと言ったとしても本当にわかったかどうかはあなたにはわからないのです（注１）。

　独り言のようにつぶやくという方法でしか伝えられないとはいえ、相手が「あ、わかった」と言ってくれる確率を高める手法はあります。次の節からはそれを見ていきましょう。

１３－６　魅力的な表現の方法２　ディテール

　上巻のシナリオ"糸"を例にあげましょう。あのシナリオのイベントにＰＣの一人黒騎士ケイドが故郷の実家を数年振りに訪れるというシーンがあります。
　さて、ゲームマスターとしては黒騎士という過酷な行き方と対比させるためにも、是非故郷の家族の歓迎振りは上手く表現したいところです。しかし、歓迎の言葉を述べたり、ごうかな夕食を家族が用意してくれたりといった描写法ではいまいち物足りないような気がします。息子が数年間音信不通である不安、その息子に再び出会えた喜び、そういったことがこの直接的な描写では表現しきれないのです。
　私なら、例えば母親が隣近所に「うちの息子が突然帰ってきてねえ…」といいつつ、その日の夕食のために食材を借りるというシーンをやって、逆に夕食のシーンはやらないでしょう。豪華な夕食のシーンよりもその準備のシーンの方が、母の感情が良く表現されていると思いませんか?

　あることの本質を伝えようとするならば、そのことそのものよりもそのことの細部（デティール）に注目した方が有効なのです。そして、どの場面を選択し切り取るのか、ここに表現者のセンスが現れるのです。
　ちなみに、小津監督の映画「東京物語」はこういった細部の力という視点について非常に参考になる映画です。

１３－７　魅力的な表現法３　比喩，他

　魅力的な表現方法については、前節で述べたことが私に言える基本的な全てです。この節ではその他の細かい技術について述べていきましょう。

・比喩

　比喩というのは例えのことです。実は日本人は比喩ということについてかなり有利な素養を持っています。というのは、日本には俳句や短歌という文化があるからです。短文に思いのたけを凝縮する術について日本語は歴史的に恵まれているはずです（漢詩のある中国もそうなのでないか？という気が、なんとなくしますね）。また現代作家の中で比喩の名手といえば村上春樹を外すわけにはいきません。ねじまき鳥クロニクル（新潮社）やダンス・ダンス・ダンス（講談社）は、主題的にも深淵に非常に近しい深さを持っていますので、一度お読みになることをお勧めします。
　なんにせよ、言葉の限界性を突破しようとすれば、正確さには目をつむって例え話に身を任せるよりしょうがないのです。この分野を鍛えるにはさまざまな表現作品に接し、どのような比喩表現が使われているのかに意識的に注目するという姿勢が大事になってきます。

　さそうあきらの名作「神童」（双葉社）から具体例を一つ。この作品は主人公である少女が名ピアニストである亡き父がかって作り出した"天色の音"を追求していくというストーリーであり、主人公がそれを得るためには聴覚を失うという体験を乗り越えることが必要であったという、すさまじく寓話的な物語です。
　このストーリーの重要シーンである、主人公の少女が聴覚を失うシーンは、もう一人の主人公である青年が少女のためにピアノを弾くという場面で訪れます。
　聴覚を失いつつある少女の耳にピアノを捧げる、このことの意味を表現するのに、さそうあきらは大聖堂の扉から音楽がもれ聞こえてくるというイメージを用いました。そして聴覚が消え去るというその時を「扉が閉まる」というイメージを持って表現しました。
　何故か？ということは私には言語化出来ないのですが、「聴覚を失いつつある少女に聞こえる最後の音としてピアノを弾く」ということが、本当はどういうことであるのか、私はこの表現からそれをかすかに感じ取れたような気がします。なぜそう思うのかを具体的に説明しろといわれても、本当に私には言語化できないのですが。

・語らない

　あえて語らないということも一つのやり方です。相手の想像力を頼った方が下手にマスターが描写するよりもうまいことはわりと多いです。例えば深淵の大公格以上は実物が出てくるよりも痕跡だけが出てきているほうが雰囲気があります。この種の大物は普通マスターの表現力の限界を超えているのです。

・語らせる

　プレイヤーに語らせるというのも一つの方法です。プレイヤーがどう思っているかということはわりとマスターの読みと異なっています。ＰＣに関係するＮＰＣなどはプレイヤーに描写させてしまい誤解の余地を少なくするというのは有効な手法です。

１３－８　最後に

もうおわかりだと思いますが、実はわかりやすい表現と魅力的な表現は対立します。これをいかにして両立させるか、ここはセンスのレベル次元の部分です。がんばってください。

（注１）相手がわかったことと自分が思っていることの一致を確かめる方法はないでしょう？

第１４章　描写について　実践編

　この章が中巻最後の章です。この章で語る内容は、描写について１３章を受けての応用的な部分の内容です。夢歩きについての補足的な内容が主です。

１４－１　夢歩きの描写力　人物表現

　夢歩きが深淵で最も重要なルールであるのはもうご存知でしょう。この節ではその可能性について検討します。

　夢歩きは表現のために重要なルールです。ＰＣがどのような人物かを伝えるのに夢歩きほど強力なツールを私は知りません。
　まずＰＣ紹介の例としてオープニングの夢歩きの実例を挙げてみます。

白の古鏡　我は鏡。汝の過去を愛してあげよう

ＧＭ:あなたは夢を見ている。夢の中あなたは暗い海で溺れている。波は高く、風は強く、空は雲に覆われ星さえも見えない。
　ふと、遠くに灯台の明かりが見える。あなたはなんとかそこ目指して泳いでいく。
　くらい海の中、息も絶え絶えのあなたは灯台にたどり着いた。灯台に近づくと窓が見えた。
　窓をのぞくと、そこには団欒している家族の姿があった。あなたはそれをうらやんだ。あなたが欲しくて欲しくてたまらなかったものがそこにある。
　だが、窓ガラスはあまりにも厚く、そこはあまりにも遠い。それはあなたに手に入るものではないのだ。
　あなたは、再び暗い海へと戻っていった。
　あなたはこんな夢を見た。

　実はこれは太宰治が実際に見た夢をそのまま夢歩きに持ってきたのですが、夢歩きの表現力が良くわかりますね。

１４－２　夢歩きの適用範囲１、システマティックな部分

さて、オープニング、エンディングや夜寝る時あたりが、夢歩きが用いられる一般的な場面です。しかし、夢歩きの表現力をそのような限定された場面のみに閉じ込めておくのは非常にもったいないことです。普通あまり夢歩きが用いられないような場面に夢歩きの適用を考えるのは良い試みです。　例えば戦闘中に大きいダメージを受けた時、夢歩きを行うというのはどうでしょうか?死の恐怖や痛みといったものも充分夢歩きの表現力の範疇に入っています。例として「君は激痛に薄れ行く意識の中故郷の幻を見た。まだ死ぬわけにはいかない。その思いが君の意識を踏み止まらせた」どうでしょうか？こういう夢歩きは戦闘をドラマティックに表現してくれると思いませんか。
戦闘に限らず、システマティックにルールで処理される場面に夢歩きを適用するのは有効な手法です。魔力の感知や呪文が効果を発揮する時、深淵が開いた時、多くの寿命を削って行為判定を成功させた時等全て夢歩きの描写の対象です。

　基本的には、ルール的な処理がされる部分に夢歩きを導入するのはリアリティを補完する意味があると考えてください。
　例えば寿命を１０年も削るような行為というのがどれほどのものであるのかは、なかなか想像ができませんよね。そういう大げさなルール処理を行う時は夢歩きでその非現実性を打ち消しておくのです。「その時～の面影がよぎった」とかいう夢歩きを入れるだけでずいぶんと不自然さは減ります。つまり、夢歩きでその行為の意味が説明できるのです。

　１４－３　夢歩きの適用範囲２　感情表現

　夢歩きの適用を検討して欲しいもう一つの領域は、ＰＣの内面に関する部分です。まずは次の夢歩きを見てください。

青の海王　遠く離れても海は一つ、波はいつか届くだろう

　夢の中、あなたの妻が道を歩いていた
　道の脇にごみ捨て場があった。そこには薄汚い野良猫がいた
あなたの妻はかがみこみ、子猫の方を見て言った。「捨てられたのね、おいで・・」
そうすると、おずおずとその子猫はごみ捨て場を出てきて妻の手を舐めた。
そしてその時、その猫は子供になった。
妻は言った。「いらっしゃい、家に帰りましょう」
その子猫だった子供はなにも言わずおずおずと妻の後をついて行った。

　こうして、あなたはやっと、人間になれた…

　これは私が過去行ったセッションのエンディングでの夢歩きです（ちなみにこの時のセッションは糸の後日談で、この夢歩きはケイドの夢歩きです）。第６章で深淵のＰＣは変わらなくてはいけない、と書きましたが、その変わったことは何らかの手段によって表現されなければなりません。その手段として夢歩きは最も適切なものです。

　成長だけでなく葛藤、後悔、焦燥といったＰＣの内面描写は夢歩きによって表現されるのに非常に向いているものです。試してみてください。極端なことを言えば、晩飯で上手いものを食ったら夢歩きさせる、ぐらいのつもりでいても良いのです。

１４－４　魅力的な描写のために　天気

　上巻に関する質問の中で、最も多かった天候、季節についての質問です。この節ではそれについて論じましょう。具体例として糸を例にします。

　例えば、ケイドとリエルが始めて会うシーンは満点の星空であるべきです。また、ユーリから逃げるシーンは雨が雰囲気的に良いでしょう。逃げながら夢歩きを行うと、雨が一瞬あがり星空が見え、「ああ、世界は美しいな」とつぶやかせるというのもいいですよね。

　こういう例でわかるでしょうが、プレイヤーが表現するきっかけになるのが天気や季節なのです。季節についても同様で、夏なら水浴び、冬なら焚き火といったイベントや、服装描写のヒント等、プレイヤーの発想力を高めるのに大いにこれらは役に立つのです。

（注：この章で用いた参考・引用文献については下巻にまとめるつもりです）

付録：使いやすい魔族解説＆シナリオアイデア集　抄版

鏡の公女エリシェ（世界の書４８Ｐ）
召喚値７０
星座　古鏡

使いやすい魔族の筆頭としてあがってくるのは彼女ですね。公式リプレイに２回も登場している魔族は彼女だけです。
鏡は真実を写し出すといいます。おとぎ話で魔物が鏡によって真実を暴けるというモチーフが良くありますよね。この魔族の力もこの鏡の性質から派生したものであり、真実を暴くというのが彼女の魔力の恐ろしさです。何がおそろしいかって？世の中には知らない方がいい真実って多くありますよね、この魔族が見せる魔族っていうのはそういう類の真実なのです。
この魔族のシナリオでの使い方ですが、本人は登場させず、その影響のみをシナリオで用いるというやり方が有効です。エリシェは人の過去や隠された本心をを知り、それを鏡に写し出す魔力を持っています。夢歩きのたびにちくりちくりとＰＣの心に刺をさして、本心をさらけ出させるという展開が面白いでしょう。
一緒に旅をしているＰＣ達や雨で山小屋に閉じ込められたＰＣ達がエリシェに目を付けられ、心の闇をチクチク針でさされる。この性格の悪い魔族を使うのであれば、こういう展開ははずせません。誰かのＰＣがブチ切れるまでがメインの展開で、切れてそのＰＣが暴れだすというのがラストのクライマックスシーンです。誘惑にたえきってエリシェ本人を引きづり出したら本体との戦闘になりますが、そんなことには滅多になりません（私は一回しか経験がありません）。
この魔族は性格の悪さではトップクラスです。性悪さを強調して扱いましょう。

赤い目の侯爵スゴン　（世界の書２５Ｐ）
召還値：７０
星座：翼人

　ただの暴れまわるモンスターといったタイプの魔族ももちろん使いやすい部類に属します。そういったタイプの魔族はスゴンのほかにも"黒魔の王ゴーガン"（世界の書１９Ｐ）や"瞳の使者スポーリン"（世界の書３０ｐ）もいます。
　スゴンが使いやすいのは、この魔族は意図せず召還されてしまう事があるという設定によります。スゴンを召還してしまう"スゴンの双瞳"というアイテムの設定がありますので、偶然発見してそれを持ちかえったがゆえに町や村にスゴンが召還されてしまう、といった展開が使えるからです。真相がわかったら、スゴン召還の原因となったＰＣをちくちくいじめてあげましょう（追憶30Ｐ参照）。

蛇の大公ブーレイ（世界の書３７Ｐ、追憶４０Ｐ）
召還値：２０７
星座：原蛇

　深淵のＰＣというのは悲惨な状況におかれていることが多いものです。そういったＰＣにオープニングの夢歩きで「君の望みは何かね?」「そのために、君は、何かを失う覚悟があるかね？」というように悪魔の囁きを持ちかけるのは、非常におもしろい展開です。
　この魔族の導きに従いさらに状況が過酷になったとこにほりこまれて「逃げたくなったかね?」と尋ねられるというのは非常においしいシーンです。とりあえずブーレイの名を挙げましたが、ここで扱う意味で使いやすい魔族はブーレイに限りません、この種の誘惑をしかけてきそうな魔族は多いでしょうから（例えばサードナ、ゴアスプル等）。12と一つの神々、例えば戦車や通火をここに出してきてもかまいません。魔族の戦いのために戦車の神に直接刻印を刻まれるというのは、非常に良いおいしいシーンですよね（私なら瞳をえぐりだして、そこに黄金の瞳を埋めこむ、といった夢歩きを使うでしょう）。

蛇の乳母なるものループロ（世界の書ｐ４０）
召還値：６２
星座：原蛇

　魔族の封印が解けそうになり、それを再封印しに行くという展開も面白い展開ですね。こういった展開の場合一般系テンプレートは被害者、といった形で登場します。封印を解ける原因になったのは実はＰＣの誰かだった、といのも良いですね。
　さらに展開を重くしたいなら、封印をしなおすには誰かの犠牲が必要である、という設定を作っても良いですね。誰かが犠牲になってのみ再封印できる、非常に重く良いモチーフです。さらに重くしたいなら、ＮＰＣを連れていって、「封印のために私を殺して」と言わせるのも面白いです。自分が死ぬより人を死なせるほうが辛い事もおおいのですよ。わかるでしょう?ちなみに、わざと封印を解いて本体をたたく、という解決法も無論ありです。
　ループロはこういう展開にはちょうど良いぐらいの強さと気味悪さを持っています。ほかには賢きものキスネスク（世界の書２６ｐ）なども遺跡型シナリオには良い魔族です。

他ゴーガン（村や町を黒魔から守る）、スフィン（産み付けられた卵を処理すべく探索する）、ロプシークuラーツ（失った家族を復活させるために魔族に従う）、イヌーブ（魔導書に支配される）等も使いやすい魔族です。下巻はこの種の資料集がメインの内容になります。

あとがき

　さて、中巻も終わりを迎えることとなりました。今私は妙にほっとしています。長い間の肩の荷が下りたような気分です。

　中巻までで技術的な内容は全て出尽くしました、はじめににも書きましたが、下巻の内容はシナリオアイデア集等資料集的なものが主です。ほかには各章の解説と参考文献一覧が載っています。
　本来なら参考文献は各巻ごとにまとめるべきなのでしょうけれど、スペースの都合上割愛せざるを得なくなってしまいました。下巻に思いきってスペースを取り参考文献一覧および書評を載せる予定です、お待ちください。５冊だけここであげておきます。内向O向については培風館のユング心理学入門を、シナリオについては映人社のドラマとは何か?－ストーリー工学入門－を、表現については、講談社ブルーバックスのわかりやすい表現の技術、講談社現代新書の俳句を作ろうを、世界観についてはナカニシヤ出版の翔太と猫のインサイトの夏休みをご参照下さると幸いです。

　では下巻でまたお会いしましょう。質問のメール等お待ちしています。

深淵が良くわかる本 中巻 －応用編－

はじめに

目次

深淵が良くわかる本　中巻　－応用編－